月と花のエレジア

「断る」

静かな声だった。

けれど、
部屋の空気を震わせるほど冷たい。

エリアスだった。

青い瞳が、
鋭くアシュレイを射抜いている。

「彼女は渡さない」

アシュレイは小さく瞬きをした後、
ふっと笑った。

「怖いな、月光の君」

「……遊びに来たなら帰れ」

「残念。
僕はわりと本気なんだけど」

黒い魔力がゆらりと揺れる。

それに呼応するように、
枯れた花びらが床へ散った。

エルシアは胸を押さえる。

苦しい。

まるで花魔法が怯えているみたいだった。

すると、
温かな感覚が手を包む。

エリアスだった。

彼はエルシアの手を握り、
静かに月魔法を流している。

冷たいはずなのに、
不思議と安心する光。

「……大丈夫だ」

低く穏やかな声。

その一言だけで、
胸の痛みが少し和らいだ。

アシュレイはその様子を見て、
わずかに目を細める。

「へえ」

どこか寂しそうな笑み。

「君、そんな顔できるんだ」

エリアスは答えない。

ただ、
エルシアの前に立ったままだった。

その時だった。

──ドクン。

突然、
エルシアの胸が大きく脈打つ。

「っ……!」

白い花びらが、
一気に舞い上がった。

「姫様!」

ノアが駆け寄る。

けれど花は止まらない。

白薔薇。

百合。

名前も知らない白い花々。

それらがエルシアの周囲に咲き乱れ、
まるで嵐のように広がっていく。

苦しい。

息ができない。

視界が白く染まる。

──また、あの夢。

花の中で、
誰かが泣いている。

『助けて』

声が聞こえた気がした。

その瞬間。

「エルシア!」

エリアスが強く抱き寄せる。

月光が溢れた。

青白い光が、
暴走する花を包み込む。

すると少しずつ、
花びらが静かになっていく。

エルシアは荒い呼吸のまま、
彼の胸元にしがみついた。

「……こわい」

震える声。

するとエリアスは、
驚くほど優しく髪を撫でた。

「もう大丈夫だ」

「……でも、私」

「関係ない」

即答だった。

エルシアが目を見開く。

エリアスは真っ直ぐ彼女を見る。

月のように静かな瞳。

けれどそこには、
確かな感情があった。

「君が何を抱えていても」

彼はそっと、
エルシアの額へ触れる。

「私は君を守る」

その言葉に、
エルシアの瞳が揺れた。

すると窓辺から、
小さな笑い声が聞こえる。

「……あーあ」

アシュレイだった。

どこか切なそうな顔。

「先を越されちゃった」

次の瞬間。

黒い羽のような闇が舞い、
彼の姿が夜へ溶けていく。

消える直前。

アシュレイは静かに笑った。

「でも覚えておいて、エルシア」

金色の瞳が細められる。

「君はいずれ、
月光だけじゃ生きられなくなる」