月と花のエレジア

夜会の喧騒から離れた客室は、
静かな月光に包まれていた。

窓辺では白いカーテンが揺れ、
花の香りが淡く漂っている。

ベッドに腰掛けたエルシアは、
苦しそうに呼吸を整えていた。

「……申し訳ありません」

「謝る必要はない」

エリアスは短く言った。

その声は相変わらず静かだったが、
どこか苛立っているようにも聞こえる。

「だが、無理をしすぎだ」

「皆様に心配をかけたくなくて……」

「だから倒れるのか」

ぴしゃりと言われ、
エルシアは小さく肩を縮めた。

するとエリアスは、
ふっと目を伏せる。

「……すまない」

「え?」

「責めたいわけじゃない」

月明かりが、
白銀の髪を淡く照らす。

その横顔は綺麗だった。

静かで、
冷たそうで、
なのにどこか優しい。

エルシアは胸の奥が少し熱くなるのを感じた。

その時。

コンコン、と扉が鳴る。

「失礼いたします」

入ってきたのはノアだった。

「姫様、お薬を──」

そこまで言って、
彼女はエリアスを見て一瞬目を細める。

「……殿下が付き添ってくださっていたのですね」

「彼女が倒れた」

「ええ、見ておりました」

ノアは静かに薬を差し出した。

エルシアが飲もうとした瞬間。

カタン。

突然、
窓が大きく揺れた。

冷たい風が吹き込む。

蝋燭の火が消えた。

「……っ!」

ノアが即座にエルシアの前へ立つ。

エリアスの瞳も鋭く細められた。

月明かりの差す窓辺。

そこに、
ひとりの青年が腰掛けていた。

「警戒しないでほしいな」

柔らかな声。

灰紫の髪が、
夜風に揺れている。

「初めまして、花冠の姫」

金色の瞳が細められた。

「僕はアシュレイ・エクリシア」

その名を聞いた瞬間、
空気が凍る。

──エクリシア帝国。

敵国。

しかも目の前にいるのは、
“蝕の王子”本人だった。

ノアが低く言う。

「今すぐ衛兵を──」

「それは困る」

アシュレイは笑った。

次の瞬間、
黒い魔力がふわりと広がる。

部屋中の花が、
一瞬で枯れた。

「……!」

エルシアの顔色が変わる。

花魔法が侵食されている。

エリアスが前に出た。

「彼女から離れろ」

月光の魔力が溢れる。

青白い光が、
部屋を満たした。

けれどアシュレイは微笑むだけだった。

「怖い顔しないでよ、月光の君」

その視線が、
再びエルシアへ向く。

「僕は君を迎えに来ただけだ」

「……迎えに?」

エルシアが震える声で呟く。

するとアシュレイは、
まるで秘密を囁くように言った。

「君は知らないんだね」

その金色の瞳が、
妖しく細められる。

「その病が、
何なのかを」