月と花のエレジア

花姫の涙が、
黒花へ落ちた。

その瞬間。

侵食していた闇が、
少しだけ静かになる。

『……一人に、
しない?』

震える声。

まるで迷子の子供みたいだった。

エルシアはゆっくり頷く。

「あなたはずっと、
苦しかったんだよね」

黒花が揺れる。

花姫は唇を噛み、
苦しそうに目を閉じた。

『違う』

「え……?」

『私は、
壊したかったわけじゃない』

神殿中に、
彼女の記憶が溢れ出す。

花が咲く国。

笑う人々。

幸せだった日々。

でも力は暴走し、
愛する人まで傷つけてしまった。

『怖かった』

花姫の声が震える。

『誰かを愛するほど、
壊してしまうのが』

エルシアの胸が締め付けられる。

それは、
今の自分と同じだった。

するとルクスが、
静かに前へ出た。

『……すまなかった』

花姫が目を見開く。

『私は、
お前を救えなかった』

月光が揺れる。

『封印しか選べなかった』

花姫の瞳から、
次々と涙が零れ落ちた。

『でも、
あなたも泣いていた』

その瞬間。

ルクスの表情が、
初めて崩れる。

長い後悔。

長い孤独。

それが滲んでいた。

『……愛していたからだ』

静かな告白だった。

神殿が、
月光で満ちていく。

花姫は泣きながら笑った。

『知ってる』

その声は、
とても優しかった。

けれど次の瞬間。

──ドクン!!

黒花が、
再び暴走する。

「っ!?」

アシュレイが顔を上げる。

「まだ終わってない!」

神殿の天井が崩れ始める。

封印核が、
限界を迎えていた。

ネフィラが叫ぶ。

「このままでは全員飲み込まれます!」

花姫が苦しそうに胸を押さえた。

『もう止められない……!』

黒花が、
彼女自身を侵食していく。

その時。

エルシアが、
一歩前へ出た。

「私がやる」

全員が振り返る。

エリアスの瞳が揺れた。

「エルシア」

「もう逃げたくない」

震えている。

怖い。

それでも彼女は、
ちゃんと前を向いていた。

「この力も、
あなたも、
全部受け止める」

花姫が目を見開く。

するとエルシアは、
そっと手を伸ばした。

「だから──
一緒に生きよう」

静寂。

その瞬間。

花姫の身体が、
光になって崩れ始めた。

『……変な子』

泣き笑いみたいな声。

『でも、
嫌いじゃない』

白い花びらが舞う。

花姫は最後に、
ルクスを見た。

『今度こそ、
幸せになって』

ルクスは静かに目を閉じる。

そして。

花姫の光は、
ゆっくりエルシアの胸へ溶け込んだ。

ブワッ──!!

眩い光が、
神殿を包み込む。

黒花が消える。

侵食が止まる。

崩壊していた神殿が、
静かに再生していく。

そして。

エルシアの背に、
純白の花が咲いた。

月光を浴びながら。

その姿は、
まるで──

“新しい花姫”そのものだった。