月と花のエレジア

婚約披露の夜会は、
華やかな音楽に包まれていた。

煌めくシャンデリア。
白薔薇で彩られた大広間。
貴族たちの囁き。

けれどその中心にいるエルシアは、
どこか息苦しさを感じていた。

「エルシア様、大丈夫…?」

隣でリゼットが小声で囁く。

「少し疲れただけよ」

そう笑うものの、
胸の奥が熱い。

花魔法が不安定になっている証だった。

すると会場の奥から、
視線を感じた。

──エリアス。

白銀の王子は、
離れた場所から静かにこちらを見ていた。

感情の読めない瞳。

けれど、
なぜか冷たいとは思わなかった。

「……怖そうな人」

リゼットが小さく呟く。

「でも姫様を見る目だけ違う」

「え…?」

「なんでもない!」

リゼットは慌てて顔を逸らした。

その時、
周囲がざわめき始める。

「ルナリアの王子様よ…」
「なんて綺麗な方…」

人々の間を抜け、
エリアスがこちらへ歩いてくる。

その後ろには、
黒衣の騎士レオルの姿もあった。

「エルシア姫」

静かな声。

「少し、顔色が悪い」

「……大丈夫です」

反射的にそう答える。

けれど次の瞬間、
視界が揺れた。

呼吸が浅い。

胸が苦しい。

花びらが、
ぱらぱらと宙に舞う。

「姫様!」

リゼットが駆け寄る。

周囲の貴族たちもざわつき始めた。

その時。

エリアスがそっと、
エルシアの手を取った。

ひやりと冷たい指先。

なのに不思議と、
苦しさが和らいでいく。

「……月魔法?」

エルシアが小さく呟くと、
エリアスはわずかに目を細めた。

「落ち着きますか」

「……はい」

その声は、
驚くほど優しかった。

会場のざわめきが止まる。

誰もが見ていた。

月光の王子が、
花冠の姫の手を取る姿を。

その時だった。

「まぁ」

鈴のような声が響く。

振り返った先に立っていたのは、
金髪碧眼の美しい女性。

気品ある微笑み。

完璧な立ち姿。

エルシアは息を呑む。

すると周囲が囁いた。

「ヴィオネ様だ…」
「元婚約者様…」

空気が変わる。

ヴィオネはエルシアを見ると、
ゆっくり微笑んだ。

「初めまして、エルシア姫」

その笑顔は美しかった。

けれどどこか、
胸が痛くなるほど寂しそうだった。