月と花のエレジア

「……たすけて」

その声は、
確かにエルシアのものだった。

苦しそうで。

泣きそうで。

今にも壊れてしまいそうだった。

「エルシア!」

エリアスが一歩踏み出す。

だが暴走した花魔力が、
鋭い棘となって襲いかかった。

ザシュッ──

「殿下!」

レオルが息を呑む。

エリアスの腕から、
鮮血が零れた。

それでも彼は止まらない。

「近づくな!!」

アシュレイが叫ぶ。

「今の彼女は自分で制御できてない!」

「分かっている」

エリアスは低く答えた。

その青い瞳は、
真っ直ぐエルシアだけを見ている。

「それでも、
一人にはしない」

月光が、
彼の周囲に溢れ始める。

神殿の床へ、
巨大な魔法陣が浮かび上がった。

青白い光。

優しく、
静かな月の力。

すると暴れていた花々が、
少しだけ揺らぎを止める。

エルシアの金色の瞳が、
ゆっくりエリアスへ向いた。

『……来ないで』

花姫の声。

けれどその奥に、
エルシア自身の涙が見えた。

『あなたまで、
壊してしまう』

エリアスは静かに首を振る。

「壊れてもいい」

その言葉に、
全員が息を呑んだ。

「君が苦しいままなのは、
もっと嫌だ」

月光が広がる。

彼はゆっくり、
花嵐の中へ歩き出した。

棘が肌を裂く。

花が絡みつく。

それでも止まらない。

「エリアス様……!」

エルシアの声が震える。

するとエリアスは、
ようやく彼女の前へ辿り着いた。

白い花に埋もれながら。

苦しそうに震える少女の前へ。

「……迎えに来た」

低く優しい声。

その瞬間。

エルシアの瞳から、
ぽろりと涙が零れた。

『どうして』

花姫が呟く。

『どうして、
また私を選ぶの』

エリアスはそっと、
エルシアの頬へ触れた。

「好きだからだ」

静寂が落ちる。

シエルが目を見開く。

リゼットは口元を押さえた。

アシュレイは、
どこか苦しそうに笑っている。

そしてエルシアは──

完全に息を止めていた。

エリアスはそのまま、
彼女の額へ静かに口づける。

月光が弾けた。

ブワッ──!!

神殿中に、
白銀の光が溢れる。

暴走していた黒花が、
次々と浄化されていく。

そして。

エルシアの金色の瞳が、
ゆっくり元の青紫へ戻っていった。

「……あ」

力が抜ける。

倒れかけた彼女を、
エリアスが抱き留めた。

静かな呼吸。

温かな腕。

エルシアはぼんやりした意識の中で、
彼の鼓動を聞いていた。

すると頭上から、
小さな笑い声が落ちてくる。

「……ずるいなあ」

アシュレイだった。

彼は苦笑しながら、
月光に照らされる二人を見つめる。

「それ、
僕じゃ勝てないじゃん」