月と花のエレジア

黒い怪物は、
音もなく崩れていった。

花びらになって。

灰になって。

まるで最初から、
存在していなかったみたいに。

神殿に静寂が戻る。

誰も動けなかった。

ただ、
エルシアだけが立っている。

白百合に囲まれながら。

その瞳は、
淡い金色に染まっていた。

「……姉上?」

シエルの声が震える。

けれどエルシアは反応しない。

いや──

“エルシアじゃない”。

そう感じるほど、
空気が違った。

静かで。

神聖で。

恐ろしい。

すると花姫が、
悲しそうに微笑む。

『……目覚めてしまったのね』

その瞬間。

エルシアの髪が、
ふわりと浮かび上がる。

白い花が咲き乱れる。

神殿全体が、
彼女に呼応するように揺れ始めた。

「まずい!」

アシュレイが顔色を変える。

「封印核と完全同期してる!」

「どういうことだ!」

レオニスが叫ぶ。

するとネフィラが低く呟いた。

「花姫として覚醒しかけています」

空気が凍る。

エリアスは、
真っ直ぐエルシアを見つめていた。

「……エルシア」

呼びかけても、
返事はない。

金色の瞳が、
ゆっくり彼へ向く。

その目は綺麗だった。

けれど人間離れしている。

『月の子』

エルシアの口から、
知らない声が零れる。

全員が息を呑んだ。

『また、
あなたなのね』

エリアスの瞳が揺れる。

すると花姫は、
懐かしそうに微笑んだ。

『どうしていつも、
私を追いかけるの』

その声は優しい。

泣きそうなくらい。

エリアスは数秒黙った後、
静かに一歩前へ出た。

「……君が泣いているからだ」

その瞬間。

エルシアの瞳が大きく揺れた。

花嵐が止まる。

白い花びらが、
ゆっくり落ちていく。

『……変わらないのね』

涙みたいに、
花姫の声が震える。

『何度繰り返しても』

すると突然。

──ドクン。

黒花が、
エルシアの首元まで広がった。

「っ……!」

アシュレイが顔を上げる。

「侵食が早すぎる!」

ネフィラも初めて焦りを見せる。

「月蝕が近すぎるのです!」

エルシアの身体が揺れる。

金色の瞳が、
不安定に揺らいだ。

『……だめ』

花姫が苦しそうに胸を押さえる。

『抑えきれない』

神殿にヒビが入る。

黒花が、
壁一面に咲き始めた。

「エルシア!!」

エリアスが駆け寄る。

その瞬間。

エルシアの魔力が、
暴風みたいに爆発した。

ブワッ──!!

白と黒の花が、
神殿を埋め尽くす。

誰も近づけない。

その中心で、
エルシアが苦しそうに呟いた。

「……たすけて」