月と花のエレジア

霧の奥は、
別世界みたいに静かだった。

風もない。

鳥の声もない。

ただ白い花だけが、
永遠みたいに咲き続けている。

エルシアは、
ゆっくり息を呑んだ。

目の前に立つ少女。

白い髪。

淡い紫の瞳。

儚い微笑み。

まるで鏡だった。

「……あなたは」

少女は答えない。

ただ寂しそうに笑う。

そして静かに口を開いた。

『やっと会えた』

その声を聞いた瞬間。

エルシアの胸が痛んだ。

懐かしい。

初めて会ったはずなのに。

「……誰なの」

少女は白花に触れながら、
小さく目を伏せた。

『私は“最初の花姫”』

空気が震える。

『あなたの前世であり、
呪いの始まり』

エルシアの呼吸が止まる。

「前世……?」

信じられない。

なのに、
身体の奥が否定できなかった。

少女は神殿を見上げる。

その瞳は、
ひどく悲しそうだった。

『昔、
私は世界を愛していた』

白花が揺れる。

『花を咲かせ、
命を癒し、
誰かを救いたかった』

優しい声。

けれど次第に、
周囲の花が黒く染まっていく。

『でも力は大きくなりすぎた』

黒花が咲く。

『私は、
触れる命を花へ変えてしまった』

エルシアの瞳が揺れる。

頭の奥で、
また知らない記憶が流れ込む。

泣き叫ぶ人々。

花に埋もれる街。

そして──

月光の中で、
誰かが自分を抱き締めている。

『泣かないで』

低く優しい声。

『君を止めるのは、
私の役目だ』

エルシアの胸が苦しくなる。

「……この声」

すると花姫は、
静かに微笑んだ。

『初代ルナリア王』

月光が、
神殿を照らす。

『彼は私を愛してしまった』

その瞬間。

エルシアの脳裏に、
白銀の髪が浮かぶ。

エリアス。

花姫はエルシアを見つめる。

『だからあなた達は、
また出会ってしまった』

「……っ」

息が詰まる。

それじゃまるで。

まるで、
自分達は──

『繰り返しているの』

白花が舞う。

『何度も、
何度も』

その時だった。

神殿が突然、
大きく揺れた。

──ドクン。

黒花が一気に咲き乱れる。

花姫の表情が変わる。

『もう来る』

「え……?」

次の瞬間。

神殿の奥から、
巨大な黒い影が現れた。

それは人ではなかった。

無数の黒花で出来た、
怪物。

赤い瞳が、
ゆっくりエルシアを見下ろす。

『逃げて!!』

花姫が叫ぶ。

同時に、
怪物が咆哮を上げた。