月と花のエレジア

黒花は、
静かに庭園を侵食していた。

白薔薇の間に、
ぽつり、ぽつりと咲く黒。

まるで死の染みみたいに、
ゆっくり広がっていく。

シエルが震えた声を漏らす。

「……姉上のせいじゃないよね」

その言葉に、
エルシアの胸が痛んだ。

「……っ」

違うと言いたい。

けれど、
言えなかった。

黒花は確かに、
自分の魔力に反応している。

するとレオニスが、
静かにシエルの肩へ手を置いた。

「責めるな」

低い声。

「エルシアも苦しんでいる」

シエルは唇を噛み、
俯いた。

その時。

「月蝕まであと七日」

アシュレイが言った。

「それまでに封印を安定させなきゃ、
本当に危険だ」

「方法はあるのか」

エリアスが問う。

アシュレイは少しだけ黙った後、
ゆっくり頷く。

「ある」

全員の視線が集まる。

風が止まった。

「初代花姫が封じられた場所──
“星花の神殿”へ行く」

その名を聞いた瞬間、
ノアの顔色が変わる。

「……存在したのですね」

「知っているのか」

レオニスが振り返る。

ノアは静かに頷いた。

「王家にのみ伝わる古い伝承です」

月明かりが、
彼女の横顔を照らす。

「花姫と月王が最後に別れた場所」

エルシアの胸がざわつく。

なぜか、
その場所を知っている気がした。

行ったことなんてないのに。

「そこに、
封印の核がある」

アシュレイは続ける。

「エルシアがそれに触れれば、
暴走を止められるかもしれない」

「かも、なのか」

レオニスが険しくなる。

するとアシュレイは、
珍しく真面目な顔で笑った。

「失敗したら死ぬからね」

空気が凍る。

シエルの顔が真っ青になる。

「なっ……!」

「でも行くしかない」

アシュレイの声は静かだった。

「このままだと、
エルシアは月蝕の夜に壊れる」

エルシアは俯いた。

怖い。

死ぬのも怖い。

でもそれ以上に──

大切な人たちを傷つけるのが怖かった。

その時。

ふわり、と温かな感覚が指先に触れる。

エリアスだった。

彼は静かに、
エルシアの手を握っている。

「一人で抱えるな」

低く穏やかな声。

「君を死なせない」

エルシアの瞳が揺れる。

するとアシュレイが、
どこか皮肉っぽく笑った。

「……王子様だね、本当に」

ネフィラはそんな兄を冷たく見た。

「甘すぎます」

「そうかもね」

アシュレイは苦笑する。

そして、
ふっと空を見上げた。

夜空には、
欠け始めた月。

まるでこれから来る“月蝕”を、
予告しているみたいだった。