月と花のエレジア

夜の庭園に、
静かな緊張が張り詰めていた。

ネフィラは無表情のまま、
エリアスを見つめている。

「……後悔しますよ」

赤紫の瞳が細められる。

「その姫は、
いずれあなた自身を壊す」

「構わない」

即答だった。

ネフィラがわずかに眉を動かす。

エリアスは一歩前へ出た。

「彼女が苦しむ未来を知っていて、
見捨てる方が許せない」

月光が揺れる。

その声は静かだった。

けれど、
誰よりも強かった。

エルシアの胸が熱くなる。

こんな風に、
真っ直ぐ守ると言われたことなんてなかった。

病弱な王女。

守られるだけの存在。

ずっとそう思っていたのに。

「……どうして」

気づけば、
声が零れていた。

エリアスが振り返る。

「どうして、
そこまでしてくれるんですか」

月明かりの下。

青い瞳が、
静かにエルシアを映す。

「君が泣きそうだから」

その瞬間。

エルシアの瞳が揺れた。

あまりにも自然に言うから、
余計に胸が苦しい。

するとアシュレイが、
ふっと笑う。

「はは」

どこか呆れたような声。

「それ、
本人は無自覚なんだろうな」

「兄様」

ネフィラが冷たく睨む。

しかしアシュレイは気にしない。

彼はエルシアへ近づくと、
そっと黒花に触れた。

すると、
黒い花びらが静かに散っていく。

「……え?」

エルシアが目を見開く。

苦しさが少し和らいだ。

「エクリシアの魔法……」

ノアが警戒する。

アシュレイは肩をすくめた。

「僕の魔力は、
侵食を抑える側だから」

「だったら最初からそうしろ」

レオニスが鋭く言う。

「怖いなあ」

アシュレイは苦笑した。

けれど次の瞬間、
その表情がふっと真剣になる。

「……時間がない」

庭園に風が吹く。

黒い蝶が空へ舞い上がった。

「月蝕が近い」

その言葉に、
ネフィラの瞳が揺れる。

エリアスも表情を変えた。

「月蝕……?」

エルシアだけが、
意味を分かっていなかった。

するとアシュレイは静かに言う。

「月が隠れる夜、
封印は最も弱くなる」

その金色の瞳が、
真っ直ぐエルシアを見つめる。

「その時、
君の中の花姫が完全に目覚める」

世界が静まり返った気がした。

「そしてもし暴走すれば──」

彼はそこで言葉を止める。

代わりに、
遠くの花畑を見た。

そこでは黒花が、
ゆっくりと広がり始めていた。