月と花のエレジア

庭園に、
重い沈黙が落ちる。

風だけが、
黒く染まった花々を揺らしていた。

アシュレイは、
足元の黒花を見つめたまま動かない。

その表情から、
いつもの余裕が消えている。

「……兄様?」

ネフィラが眉を寄せる。

けれどアシュレイは答えなかった。

代わりに、
ゆっくりエルシアを見る。

その金色の瞳には、
はっきりと焦りが浮かんでいた。

「いつからだ」

低い声。

「黒い夢を見るようになったのは」

エルシアは小さく息を呑む。

「……幼い頃から」

「最近、増えてる?」

「っ……」

答えられなかった。

でも、
それが答えだった。

アシュレイは目を伏せる。

「最悪だ」

その言葉に、
エリアスの瞳が鋭くなる。

「説明しろ」

アシュレイは静かに息を吐いた。

そして、
誰にも聞かれたくない秘密を語るみたいに言った。

「昔、この世界には“花姫”がいた」

月明かりが、
彼の横顔を照らす。

「命を咲かせる力を持った姫」

「だがその力は強すぎた」

黒い蝶が舞う。

「花は大地を覆い、
国を呑み込み、
最後には人すら花へ変えた」

エルシアの身体が震える。

頭の奥で、
またあの夢が蘇る。

白い花。

苦しい呼吸。

泣いている誰か。

『助けて』

「その災厄を止めたのが、
初代ルナリア王」

アシュレイの視線が、
エリアスへ向いた。

「月の力で花姫を封じた」

エリアスは黙っている。

けれど、
その青い瞳はわずかに揺れていた。

「以来、
ルナリア王家は代々“封印”を継いでる」

レオニスが険しい顔になる。

「……なら、なぜ今さら」

「封印が弱まってるからだよ」

アシュレイは静かに言った。

「そしてエルシアは、
その花姫の器として目覚め始めてる」

その瞬間。

エルシアの周囲に、
黒い花びらが舞った。

「っ……!」

胸が苦しい。

呼吸が浅い。

するとエリアスが、
即座に彼女を支えた。

月光の魔力が、
優しくエルシアを包み込む。

少しずつ、
黒花が静かになっていく。

その様子を見て、
ネフィラが冷たく呟いた。

「だから殺すべきなのです」

シエルが顔を上げる。

「……は?」

「今ならまだ間に合う」

ネフィラの赤紫の瞳が、
真っ直ぐエルシアへ向く。

「完全に目覚める前に、
消してしまえばいい」

「ふざけるな!!」

シエルが怒鳴った。

風が揺れる。

レオニスも剣を握る手に力を込めた。

だがネフィラは表情を変えない。

「世界を守るためです」

「姉上は化け物なんかじゃない!」

シエルの叫びに、
ネフィラはほんの少しだけ目を細めた。

その時だった。

「誰にも、
彼女を傷つけさせない」

静かな声が響く。

全員が振り返る。

エリアスだった。

彼はエルシアを守るように前へ立つ。

月光が、
白銀の髪を照らしている。

「たとえ世界が敵になっても」

青い瞳が真っ直ぐネフィラを射抜く。

「私はエルシアを守る」

その言葉に、
エルシアの瞳が大きく揺れた。

そしてアシュレイは、
どこか苦しそうに笑った。

「……ほんと、
そういうところ嫌いだな」