朝、枕元で震えたスマホの光が、現実を突きつけていた。
昨夜届いた、彼の身分証のスクショ。
「……バカだよ、しょうごくん」
口ではそう言いながら、指先が画面上の彼の名前に触れるだけで、胸の奥が熱いナイフでなぞられたみたいに疼く。
28歳。落ち着いた大人として、石橋を叩いて渡るのが私の日常だった。
でも、昨夜の彼の「けじめだから」というあの低い声が、頭から離れない。
(——もう、無理。一秒も、離れていたくない)
気づいた時には、クローゼットの前で立ち尽くしていた。
何を持っていけばいい?
ううん、何もいらない。
今の私に必要なのは、ブランドのバッグでも、着慣れたワンピースでもない。
ただ、あの太陽みたいな笑顔の隣にいたい。それだけ。
私はボストンバッグに財布とスマホだけを放り込み、驚く母親の声を背後にはねのけて、家を飛び出した。
駅まで走る息は白くて、冷たい空気が肺を刺すけれど、心臓だけが真夏みたいに熱い。
「バカだ、私。本当にバカだ」
独り言が、こぼれた。
昨日会ったばかりの人のもとへ、着替えすら持たずに駆け出すなんて。
でも、電車が横浜駅に近づくたび、不安よりも「会いたい」という独占欲が、全身の血を駆け巡っていた。
