この結婚は王命ですから。初夜で拒絶された花嫁です、それでは自由にやらせていただきます!

 私はあっけに取られ目を見開く。

「バカ野郎…………?」

 聞き慣れない言葉だ。
 それを自分が言われたのだと理解するのに、たっぷり十秒はかかった。

「私、初めて言われましたわ」

 姉妹で育ったものだから、そんな乱暴な言葉を使われたことがなかった。逆に新鮮だ。

「……なんでそこで目を輝かせるんだ」

 イザークは心底理解できないといった様子だ。決まり悪そうに首の後ろをかいた。

「俺はこの結婚に、なんの意味もないと思っている。――あんたに手を出すつもりはない」

 彼は私の目を見つめ、迷うことなく告げる。

「だから好きにしてくれ」
「好きにとは?」
「南部に帰るも俺は止めない」
「それはありませんわ」

 はっきりと言い切り、首を横に振る。

「この結婚は王命です」

 背筋をスッと伸ばし、声を張り上げた。

「まさかとは思いますが、これに逆らうおつもりですか」

 静かな私の言い方に圧倒されたのだろうか。相手が息を呑んだのがわかった。

「それはすなわち反逆罪を意味します。それなら、私たち二人の問題ではなくなります」

 王命に背いたとなれば、両親にも害が及ぶ。
 それならばいっそ、お飾りの妻としてでも北部に閉じ込めておくこともできるだろうに……。

 なんだかこの人、正直すぎるんじゃないかしら。

「――わかった」

 やがてイザークはあきらめたようにため息をついた。

「どうせ、形式だけの結婚だ。だから俺に期待するな。あんたは好きに生きればいい」
「わかりました」
「俺も自由にさせてもらう。妻に縛られるなんて、俺はごめんだ」
「……自由を望みますの?」
「ああ、当然だろう。押し付けられた結婚なんて監獄でしかない」

 そうか。この人は縛られるのが嫌いなんだ。

「わかりました。私のことは気にしないでください」

 にっこりと微笑んで告げる。

「私も好きに過ごさせていただきます。あなたの邪魔はしないように努力いたします」

 そうよ、彼が望むのなら、まずはここから始まってもいいじゃない。

「ああ、そうしてくれ」

 素っ気ない態度を取るが、もしかして他に好きな人がいるのかもしれない。だからこそ王命でめとった妻に、こうまで反発するのだろうか。

 まあ、今はいいか。
 彼に好い人がいるかどうかなんて、そのうちわかるだろう。

「では、お休みなさいませ」

 私はイザークに深々と頭を下げ、ベッドに横になる。シーツを肩にかけ、眠りにつこうとした。

「待て。ここで眠るつもりか?」

 背後から声がかけられたので、ゆっくりと振り返る。

「いけませんか?」

 まさか床で寝ろとか、言うんじゃないでしょうね。嫌だわ、冷たいし固いじゃない。

「……ベッドは一つしかないじゃないか」

 ああ、そういうことね。
 私はいそいそと体を動かし、ベッドの端に寄る。

「さあ、これでスペースは確保しましたわ。じゅうぶんに、眠れますわね」

 だがイザークからは躊躇している空気を感じ取る。

「寝ませんの?」

 質問するとグッと言葉に詰まる。なにが言いたいのだろうか。そこで私はピンときた。

「もしかして初夜を――」

 する気になったのかと口を開くと、シーツを頭から被せられた。

「違う!! 早く寝ろ」

 そして足音が荒く遠ざかった。シーツから顔を出すとイザークはソファで横になっていた。

 狭くはないのだろうか。
 どうしてベッドで眠るのを拒否するのだろうか。せっかく眠れるスペースを空けたというのに。

 それほどまでに私の隣は嫌だってことなのかもしれない。
 誰かいい人がいて、その人に誤解されたくないのかもしれない。

 考えていると眠気が襲ってきて、小さくあくびをした。

 まあ、いいや。

 私の隣で眠るよりも、ソファで眠ることを選んだのだから、仕方ない。
 覚悟して迎えた初夜もイザークからの拒否で終わったので、私はこのまま眠るとしよう。

 しかしイザークは、どうしてこうもこの結婚に頑ななのだろうか。
 今後、彼とは仲良くなれるのだろうか。

 いや、なることが私の使命だわ。それこそ、時間をかければ難しいことではないはず。

 そんなことを考えながらも、夢の世界へと落ちていった。