この結婚は王命ですから。初夜で拒絶された花嫁です、それでは自由にやらせていただきます!

 静寂な教会に神父の声が響く。
 広い建物は全体が白く、天井が高い。ステンドグラスの窓からは光が差し込む。

 だが、雪がチラチラと舞い散る光景を目にするのは初めてで、内心驚いていた。

 ここは北部。
 南部とは違うのだわ。

 当たり前だが、今さらながら実感してきた。
 建物の中だというのに、こんなにも肌寒いのだから、気候の違いを痛感する。

 肩を出したドレスにしなければ良かったのかしら。

「シャルロット・セバスティア」

 ぼんやりと考え事をしていると神父に名を呼ばれ、ハッとする。

「はい」

 私の声が教会に響き渡る。

「あなたはイザーク・カロンを夫とし、生涯の愛を誓いますか」
「はい、誓います」

 それは自分自身にも言い聞かせているかのようでもあった。

 私は今日、結婚する。

 この北部の侯爵、イザーク・カロンと――。

 不意にベールが持ち上げられ、視界が開けた。

 目の前にいたのは端正な顔立ちの男性。背は私よりもずっと高く、見上げるほどだ。

 銀の髪に紫色の瞳。その色の瞳は南部では珍しいが、北部のカロン侯爵家特有だと聞く。

 長い手足にスッとした鼻筋、顎はシャープで顔立ちは整っている。

 だが目つきが鋭いのは、私に対して警戒しているのだろう。

 彼は私の手を取った。

 うわぁ、すごくたくましい手。

 彼の手はゴツゴツして大きかった。豆ができているが、腕の立つ剣士だと聞いたから、それでなのだろう。

 彼は大きな手を使い、器用に私に指輪をはめた。
 左手の指輪には北部で採掘された宝石が一つ、輝いていた。

「では、誓いの口づけを」

 神父が言ったので、改めて彼の顔を見つめる。

 パチリと目が合った。
 彼はどこか戸惑っているように感じた。

 だが、無理もない。
 私たちは顔を合わせたばかりなのだから。

 彼はおずおずと手を伸ばすと、私の肩に手を置いた。
 頬に添えられた手が冷たくて、一瞬びくりと体を震わせる。

 そっと顔を上げると、再び彼と目が合う。

 静かに目を閉じるとやがて、軽い感触を唇に受けた。

 ほんの一瞬だけ、触れるか触れないか。

 それは手の冷たさに反して、とても温かだと思った。

 ***

 私たちの住む、インペリア国。

 年間を通して気候がいい南部のカタフニア。南部を治めるセバスティア侯爵家の三女として生まれたのが私。

 対する北部は四季の移ろいがはっきりしている。

 冬には雪に覆われ、大地は痩せている。広大な山に囲まれているせいか、やっかいなことに山から魔物が下りてくることがしばしばあった。

 そのため、北部の人間は戦闘能力が高かった。幼い頃から剣を手にして、身を守るために戦っていたのだ。
 北部の人間から見れば、南部の人間など、のほほんと暮らしているように見えるのだろう。

「魔物に襲われることも、雪に閉ざされる苦労も知らず、呑気な人々が集まる南部」

 北部の人間は、南部を批判していると、よく耳にしたものだ。

 北部は年間の半分は雪に覆われているので、作物を作るのに向いていなかった。そのため、食糧はその大半を他の地方に頼ることが多かった。

 その代わり、北部には恵まれた鉱産物があり、資源は豊富だった。
 そしてこれまで南部と北部は、なんとな~く仲が悪かったのを、国民皆が肌で感じていたと思う。

 そこでインぺリア国王から直接、命令が下された。

「インぺリア国の南部と北部の結束を願い、婚姻関係を結べ」と。

 そりゃ、国王から見たら、国内の争いに発展させるわけにもいかないし、ここらで仲良くさせておいた方がいいと、判断したのだろう。

 そして白羽の矢が立ったのが、私、セバスティア侯爵家のシャルロット。

 ちなみに女系家族で、セバスティア家は長女である姉が継ぐことが決まっていた。

 一方、私の夫となったのは、北部のカロン侯爵家の長男。

 イザーク・カロン。

 本人も魔物を倒す討伐隊の総指揮官を務めているという。

 サラサラとした銀髪に神秘的な紫色の瞳はとても魅力的だ。
 背も高いし、手足も長く、体も引き締まっている。筋肉質でシュッとして、スタイルがいい。その横顔は彫刻のように整っていた。

 さて、王命によって結婚した私たち。

 この結婚は北部と南部の架け橋となる。

 インぺリア国の発展のため、よりよい関係を築くのだと、父に散々言われ嫁いできた。

 はい、お父さま。わかっていますわ。

 政略結婚とはいえ、私は国の発展のため、力を尽くします。

 そして願わくはどうか、相手も同じ気持ちでありますように――。

 静かに祈りを込めて、小さく息を吐き出した。