黒鳥のオディール

 オディールが挨拶のカーテシーをしても、体に稲妻が落ちたように目の前の美しさに、身動きができませんでした。

 ベンノはそんな二人を笑顔で交互に見ると、鏡のように研ぎ澄まされた、銀のお盆に飲みものを乗せ差し出します。

 オディールはグラスが映り込むほど、美しい銀のお盆から、グラスを持ち上げると、自身の手だけ映らないことに、昨晩知った『影』という現実に悲しみを覚えました。

 ジークは我に返ると、オディールにそっと手を差し出します。

  今まで見せることのなかった積極的なジークの姿に、ベンノは自分のことのように喜び、銀のお盆を大切そうに抱きしめました。

 二人が会場の中央に立つと、ジークのリードを受け入れるように、オディールはオデットのような「儚さ」を見せました。

 しかし、ふと妖艶な眼差しを送ったかと思うと、ジークはその魅力に突き動かされるように高く跳びはね、全身で喜びを表現するように大きく回ります。

  オディールは、歓喜に満ちたジークの姿を見て、戸惑いと共に胸が引き裂かれるような痛みを感じていました。

(このまま……このまま偽りのままでも、この方のそばにいられるなら……)

  次の瞬間、彼女は自分の中に芽生えた小さな良心をそっと抱き締めるようにして、激しく、どこか悲痛なまでに力強い舞いへと身を投じました。