黒鳥のオディール

 ジークは我に帰ると、全ての意味を把握できないまでも、語りかけます。

「私の名はジーク・フリート。決して貴方を傷つけるものではありません」

 彼が救いを求めるように一歩近づくと、彼女は怯えるように、一歩、また一歩と水の上を滑るように後ずさります。

 さらに彼が一歩踏み出すと、ブーツは湖に浸かり、冷たい水が足元を濡らしました。

 その冷たさに視線を落としたジークは、水面に立ち尽くす彼女の姿が、いかに特別なものであるかを肌で理解するのでした。

 ジークは心が溶け出してしまうのではないかと思うほど、彼女を引き止めることに必死でした。

 彼は軽やかに手を差し出し、祈りを捧げるように問いかけるのでした。

「あなたの名は、何とお呼びすればよいのでしょうか」

 彼女は警戒のあまり、差し出された手をかわすように身を捩(よじ)らせ、静かに答えました。

「私の名はオデット。月夜の間だけ、本当の姿に戻ることを許された白鳥……」

 さらに深く湖へ足を浸しながら、ジークはまた一歩近づき、問いを重ねます。

「なぜ、そのような悲しい姿に……」

 オデットもまた一歩遠ざかり、天を仰ぐように答えました。

「魔王ロートバルトの呪いなのです。真実の愛による『純白の誓い』。その言葉だけがこの呪いを解くことができるのですが、それはまだ、誰からも捧げられたことはありません」