遥希は三交替のサイクルで、出勤すると二十四時間の勤務になる。
なので、必然的に夜は芽依子だけの日がある。
「俺が夜おらん日が心配やわ」
「大丈夫だよ、遅番の日もあるし。遅いのは慣れてる」
「慣れんでいいねん、そんなんは」
ぴたり、と会話が止まる。
あれからきっちり三十分仮眠を取った。
遥希はまだ膝の上に頭を乗せたまま、ゆっくりと目を開けた。
そのまま、下から見上げるように芽依子を捉える。
「言うたやろ、めい」
低く落ちる声に、息が詰まる。
「一人で抱えんなって」
その言葉は、優しいはずなのに、逃げ場を奪うような強さを含んでいた。
「……でも」
「“でも”やない」
ぴしゃりと遮られて、芽依子は言葉を飲み込む。
遥希はゆっくり体を起こし、今度は正面から見据えてくる。
今度こそ、逃げられない圧が加わる。
「ここ住む以上、最低限のルールあるで」
「……ルール?」
思わず聞き返すと、遥希は少しだけ口角を上げた。
「簡単や。出かける時は言う。帰り遅なる時も言う。無理そうな時は連絡する」
「……それって」
「当たり前やろ?」
被せるように言われて、反論できない。
しかもルールという名の、安全対策だ。
「めいが無事かどうか、俺が把握しとく」
さらっと言うその内容が、思っていた認識とズレていて、少し警戒してしまう。
(それって……管理、じゃないよね……?)
「嫌なら、出て行ってもええけど」
思いもよらない一言に、芽依子の思考が止まった。
さっきまで「遠慮するな、頼れ」と言った人が、突き放すような言葉を投げてくる。
「え……」
「あいつのこと、自分一人でどうにかできるか?」
江崎の顔が、脳裏に浮かぶ。
背中に残る鈍い痛み。
怒鳴り声。
振り上げられた手。
どれもすべてが苦くて恐怖でしかない。
もちろん、別れ話は芽依子自身がするつもりだ。
ただ、自分のアパートではもう、落ち着いてご飯を食べることも、寝ることも出来ない。
ぎゅっと、指先に力が入る。
「……ここに、いる」
小さく呟いた声に、遥希の表情がふっと緩んだ。
「やろな。言うたやろ?頼れっていうのは、こういうこと」
当たり前みたいに言われて、悔しいのに。
「ここはもう、めいの住み家でもあるんやから」
優しく笑う遥希に、少しだけ安心してしまった。
「……外、戻る理由、もうないやろ」
そう言うと、遥希はゆっくり体を起こした。
「ほな、晩メシ作るわ」
キッチンで準備に取りかかっている遥希を見ながら、芽依子はまだソファから動けずにいた。
さっきの会話が、頭から離れない。
(逃げ道……ほんとに、ない)
今まで見たことがない遥希の一面。
でも、それを怖いと思うより先に。
(……ここなら、はる兄なら大丈夫って思ってる)
そんな自分がいることに、戸惑っていた。
「めい」
呼ばれて顔を上げると、遥希が軽く手招きする。
「こっち来い」
「え、なんで?」
「味見」
隣に行くと、差し出されたスプーンに湯気の立つスープがのっている。
「ほら」
自然に口元まで運ばれてきて、思わず口を開けてしまう。
「……っ、おいしい」
その言葉に、遥希の目が細くなる。
「やろ。めいの好きな味やし」
(また……覚えてる)
些細なことも忘れずに覚えている、その事実にじんわりと温かくなる。
そのまま引こうとしたら、腕を掴まれた。
「……まだ」
「え?」
気づけば、背中から腕を回され、完全に囲われる。
「ちょ、はる兄っ……!」
「動くな。危ないやろ」
いつもより低い声が耳元で囁かれて、体が固まる。
「他の男に、こんなんされへんやろ?」
「……されないよ」
「やろな」
満足そうに、腕の力が少しだけ強まり、芽依子は抜け出せないまま。
そのまま、しばらく遥希は離してくれなかった。
なので、必然的に夜は芽依子だけの日がある。
「俺が夜おらん日が心配やわ」
「大丈夫だよ、遅番の日もあるし。遅いのは慣れてる」
「慣れんでいいねん、そんなんは」
ぴたり、と会話が止まる。
あれからきっちり三十分仮眠を取った。
遥希はまだ膝の上に頭を乗せたまま、ゆっくりと目を開けた。
そのまま、下から見上げるように芽依子を捉える。
「言うたやろ、めい」
低く落ちる声に、息が詰まる。
「一人で抱えんなって」
その言葉は、優しいはずなのに、逃げ場を奪うような強さを含んでいた。
「……でも」
「“でも”やない」
ぴしゃりと遮られて、芽依子は言葉を飲み込む。
遥希はゆっくり体を起こし、今度は正面から見据えてくる。
今度こそ、逃げられない圧が加わる。
「ここ住む以上、最低限のルールあるで」
「……ルール?」
思わず聞き返すと、遥希は少しだけ口角を上げた。
「簡単や。出かける時は言う。帰り遅なる時も言う。無理そうな時は連絡する」
「……それって」
「当たり前やろ?」
被せるように言われて、反論できない。
しかもルールという名の、安全対策だ。
「めいが無事かどうか、俺が把握しとく」
さらっと言うその内容が、思っていた認識とズレていて、少し警戒してしまう。
(それって……管理、じゃないよね……?)
「嫌なら、出て行ってもええけど」
思いもよらない一言に、芽依子の思考が止まった。
さっきまで「遠慮するな、頼れ」と言った人が、突き放すような言葉を投げてくる。
「え……」
「あいつのこと、自分一人でどうにかできるか?」
江崎の顔が、脳裏に浮かぶ。
背中に残る鈍い痛み。
怒鳴り声。
振り上げられた手。
どれもすべてが苦くて恐怖でしかない。
もちろん、別れ話は芽依子自身がするつもりだ。
ただ、自分のアパートではもう、落ち着いてご飯を食べることも、寝ることも出来ない。
ぎゅっと、指先に力が入る。
「……ここに、いる」
小さく呟いた声に、遥希の表情がふっと緩んだ。
「やろな。言うたやろ?頼れっていうのは、こういうこと」
当たり前みたいに言われて、悔しいのに。
「ここはもう、めいの住み家でもあるんやから」
優しく笑う遥希に、少しだけ安心してしまった。
「……外、戻る理由、もうないやろ」
そう言うと、遥希はゆっくり体を起こした。
「ほな、晩メシ作るわ」
キッチンで準備に取りかかっている遥希を見ながら、芽依子はまだソファから動けずにいた。
さっきの会話が、頭から離れない。
(逃げ道……ほんとに、ない)
今まで見たことがない遥希の一面。
でも、それを怖いと思うより先に。
(……ここなら、はる兄なら大丈夫って思ってる)
そんな自分がいることに、戸惑っていた。
「めい」
呼ばれて顔を上げると、遥希が軽く手招きする。
「こっち来い」
「え、なんで?」
「味見」
隣に行くと、差し出されたスプーンに湯気の立つスープがのっている。
「ほら」
自然に口元まで運ばれてきて、思わず口を開けてしまう。
「……っ、おいしい」
その言葉に、遥希の目が細くなる。
「やろ。めいの好きな味やし」
(また……覚えてる)
些細なことも忘れずに覚えている、その事実にじんわりと温かくなる。
そのまま引こうとしたら、腕を掴まれた。
「……まだ」
「え?」
気づけば、背中から腕を回され、完全に囲われる。
「ちょ、はる兄っ……!」
「動くな。危ないやろ」
いつもより低い声が耳元で囁かれて、体が固まる。
「他の男に、こんなんされへんやろ?」
「……されないよ」
「やろな」
満足そうに、腕の力が少しだけ強まり、芽依子は抜け出せないまま。
そのまま、しばらく遥希は離してくれなかった。



