遥希はソファの後ろにあるドアを指さす。
「ここ、めいの部屋な。好きに使ってええから」
「ありがと」
「荷解きしといで、晩めしは俺が作るし」
「はる兄、料理できるの?」
「一人暮らし長いからね。まぁ、署でも作ったりするしな」
「足りひんもんは、明日買いに行こ。めいも休みなんやろ?」
怪我したことを職場に連絡してあったので、明日までは有給になる。
「どしたん?急に黙り込んで」
「……なんか普通すぎて」
「なにが?」
「……こんなふうに一緒にいるの」
小さな呟きに、遥希は少しだけ目を細めた。
「昔から一緒におるやん」
「それは……昔でしょ」
「俺の中では、なんも変わってへんよ」
あっさりと言われてしまい、芽依子は言葉に詰まる。
ずっと胸に引っかかって、消えないわだかまり。
(ちがう……変わってないのは、あたしのほう)
逃げたまま、止まったままなのは、自分なのに。
八の字の眉になった芽依子に、遥希は優しく諭すような声で提案する。
「ほんなら……」
言葉と同時に、少しだけ体を寄せてくる。
石鹸の香りがふれあうほどの近くてあたたかい距離感。
「ここ、めいの場所やで」
「……え?」
「遠慮せんでええ。ここは安全や。なんでやと思う?」
「……?」
尋ねてくる遥希の瞳が、優しいだけの色じゃない。
はる兄としてではなく、見たことがないような、色気を感じる――もっと別の。
「俺がおるからや」
安堵する芽依子だったが、すぐに遥希がかぶせてくる。
「……油断したらあかんけどな」
くすっと笑う小さな声に似つかわしくない、唇の動き。
その言い方は冗談でなく、本気で逃がす気がないみたいで息が詰まる。
「めい」
名前を呼ばれて、顔を上げた瞬間、食べられそうな視線に絡めとられる。
反射的に逃げようとするも、手首を軽く掴まれた。
振りほどけるのに、ほどかない。
「約束、したやろ」
「……なにを」
「どうしようもなくなったら、頼るって」
さっき言ってた言葉を、思い出す。
「うん……」
「ほな、遠慮すんな」
ほんの少し強い力のあと、遥希は手を離す。
指先の感触と熱が、掴まれたところに残ったまま、消えない。
(……逃げられない気がする)
そんな考えが、ふと頭をよぎる。
「めい……ひざ貸して」
「……ひざ?」
「ちょっとだけ寝る」
「待ってっ……なんであたしのひざ……!」
「安心するから」
あまりにも自然に言われて、拒否する言葉が出てこない。
というか流れるように、もう半分頭を乗せにきている。
「……っ~三十分だけだからねっ」
「ん」
軽く笑ったのと同時に、頭の重さが膝に乗る。
(なにこの距離感バグ……)
さらさらした髪の毛が、呼吸と合わさって揺れる。
頬の感触も、唇のあたたかさも、全部が伝わって、心臓がパンクしそうだ。
(……でも安心する)
矛盾した感情に、芽依子は戸惑う。
しばらくして、静かな寝息が聞こえてきた。
(うそ、ほんとに寝たの?)
見下ろした横顔は、どこか幼くて、無防備でもある。
いつか見た昔と変わらない寝顔に、芽依子はそっと遥希の頬を撫でる。
「めい」
寝てると思っていたのに、突然名前を呼ばれて、体がぴくんと揺れた。
「なに?……」
「勘違いせんといてな」
目は閉じたままなのに、声だけが、淀みなくはっきりしている。
「俺、聖人君子やないから」
遥希の真意をなんとなく感じ取れてしまい、胸を奥が大きく鳴る。
「めいのこと、妹やと思ったこと、一回もないから」
それだけ言うと、また静かな寝息に変わっていく。
芽依子は、どこかにあると思っていた逃げ道が、完全になくなった気がした。
「ここ、めいの部屋な。好きに使ってええから」
「ありがと」
「荷解きしといで、晩めしは俺が作るし」
「はる兄、料理できるの?」
「一人暮らし長いからね。まぁ、署でも作ったりするしな」
「足りひんもんは、明日買いに行こ。めいも休みなんやろ?」
怪我したことを職場に連絡してあったので、明日までは有給になる。
「どしたん?急に黙り込んで」
「……なんか普通すぎて」
「なにが?」
「……こんなふうに一緒にいるの」
小さな呟きに、遥希は少しだけ目を細めた。
「昔から一緒におるやん」
「それは……昔でしょ」
「俺の中では、なんも変わってへんよ」
あっさりと言われてしまい、芽依子は言葉に詰まる。
ずっと胸に引っかかって、消えないわだかまり。
(ちがう……変わってないのは、あたしのほう)
逃げたまま、止まったままなのは、自分なのに。
八の字の眉になった芽依子に、遥希は優しく諭すような声で提案する。
「ほんなら……」
言葉と同時に、少しだけ体を寄せてくる。
石鹸の香りがふれあうほどの近くてあたたかい距離感。
「ここ、めいの場所やで」
「……え?」
「遠慮せんでええ。ここは安全や。なんでやと思う?」
「……?」
尋ねてくる遥希の瞳が、優しいだけの色じゃない。
はる兄としてではなく、見たことがないような、色気を感じる――もっと別の。
「俺がおるからや」
安堵する芽依子だったが、すぐに遥希がかぶせてくる。
「……油断したらあかんけどな」
くすっと笑う小さな声に似つかわしくない、唇の動き。
その言い方は冗談でなく、本気で逃がす気がないみたいで息が詰まる。
「めい」
名前を呼ばれて、顔を上げた瞬間、食べられそうな視線に絡めとられる。
反射的に逃げようとするも、手首を軽く掴まれた。
振りほどけるのに、ほどかない。
「約束、したやろ」
「……なにを」
「どうしようもなくなったら、頼るって」
さっき言ってた言葉を、思い出す。
「うん……」
「ほな、遠慮すんな」
ほんの少し強い力のあと、遥希は手を離す。
指先の感触と熱が、掴まれたところに残ったまま、消えない。
(……逃げられない気がする)
そんな考えが、ふと頭をよぎる。
「めい……ひざ貸して」
「……ひざ?」
「ちょっとだけ寝る」
「待ってっ……なんであたしのひざ……!」
「安心するから」
あまりにも自然に言われて、拒否する言葉が出てこない。
というか流れるように、もう半分頭を乗せにきている。
「……っ~三十分だけだからねっ」
「ん」
軽く笑ったのと同時に、頭の重さが膝に乗る。
(なにこの距離感バグ……)
さらさらした髪の毛が、呼吸と合わさって揺れる。
頬の感触も、唇のあたたかさも、全部が伝わって、心臓がパンクしそうだ。
(……でも安心する)
矛盾した感情に、芽依子は戸惑う。
しばらくして、静かな寝息が聞こえてきた。
(うそ、ほんとに寝たの?)
見下ろした横顔は、どこか幼くて、無防備でもある。
いつか見た昔と変わらない寝顔に、芽依子はそっと遥希の頬を撫でる。
「めい」
寝てると思っていたのに、突然名前を呼ばれて、体がぴくんと揺れた。
「なに?……」
「勘違いせんといてな」
目は閉じたままなのに、声だけが、淀みなくはっきりしている。
「俺、聖人君子やないから」
遥希の真意をなんとなく感じ取れてしまい、胸を奥が大きく鳴る。
「めいのこと、妹やと思ったこと、一回もないから」
それだけ言うと、また静かな寝息に変わっていく。
芽依子は、どこかにあると思っていた逃げ道が、完全になくなった気がした。



