入ってはいけない家
――その家に入った時点で、終わりだった。
東京に来て、三日目だった。
急な転勤で始まった生活は慌ただしく、ゆうとはまだホテル暮らしを続けていた。
仕事は忙しく、ゆっくり物件を探す時間もない。
スマホで不動産サイトを流し見していたとき、ひとつの物件に目が止まる。
――家賃、3万円。
「安すぎるだろ……」
都内の一軒家でこの値段はありえない。
だが、なぜか気になった。
気づけば、ゆうとはその家の前に立っていた。
古い二階建ての一軒家。
周囲は妙に静かで、人の気配がない。
門を開けると、ギィ……と嫌な音が鳴った。
一瞬、帰った方がいい気がした。
それでも、ゆうとは玄関のドアに手をかけた。
冷たい。
異様なほどに。
ゆっくりと扉を開ける。
中は、静まり返っていた。
一歩、足を踏み入れる。
その瞬間――
後ろで「カチッ」と音がした。
振り返ると、玄関のドアが閉まっている。
開かない。
スマホは圏外。
そして、
上から音がした。
ギシッ……
階段の先、真っ暗な二階。
誰もいないはずなのに、“何かがいる気がした”。
床には、動物の足跡。
途中で消えている。
コツ……コツ……
見えない足音が、階段から降りてくる。
ゆうとは走り出した。
ドアを開ける。開かない。開かない。
三つ目でようやく開いた。
中へ飛び込む。
静寂。
そのとき――
ワン……
低い鳴き声。
暗闇の中、一瞬だけ見えた。
犬。
だが普通じゃない。
歯に、赤黒い汚れ。
次の瞬間、飛びかかってくる。
ゆうとは廊下へ逃げる。
玄関はダメだ。
なら――階段。
恐怖を振り切り、駆け上がる。
二階へ。
振り返ると、階段の途中に犬が立っていた。
じっと、見ている。
一歩、踏み出した。
ゆうとは走る。
奥の部屋へ飛び込む。
壁に、写真。
老夫婦と、一匹の犬。
違和感。
犬の口元が汚れている。
振り返る。
誰もいない。
もう一度、写真を見る。
おじいちゃんの顔が傾いている。
おばあちゃんの目が、こちらを見ている。
ミシッ……
天井から音。
見上げる。
暗闇の中に、人の形。
コツ……コツ……
廊下から、今度は人の足音。
足元に紙。
「もう無理」
「夜になると、また階段にいる」
「止めないと」
すべてが繋がる。
そのとき。
ドアの向こうに、“誰か”がいる。
ノブが回る。
開いた。
廊下に、老人の影。
ゆうとは走る。
最奥の部屋へ。
天井から、古いロープ。
影。
見上げる。
そこに、“いる”。
後ろに老人。
横に犬。
囲まれる。
ゆっくりと、近づいてくる。
光が消える。
暗闇。
そして――
目の前に、“顔”。
――――――
昼。
何事もなかったような一軒家。
玄関には「内見者募集中」の紙。
一人の男が立ち止まる。
「……安いな」
ドアを開ける。
暗闇。
奥に、影。
三つ。
そして――
もう一つ、増える。
【終】
――その家に入った時点で、終わりだった。
東京に来て、三日目だった。
急な転勤で始まった生活は慌ただしく、ゆうとはまだホテル暮らしを続けていた。
仕事は忙しく、ゆっくり物件を探す時間もない。
スマホで不動産サイトを流し見していたとき、ひとつの物件に目が止まる。
――家賃、3万円。
「安すぎるだろ……」
都内の一軒家でこの値段はありえない。
だが、なぜか気になった。
気づけば、ゆうとはその家の前に立っていた。
古い二階建ての一軒家。
周囲は妙に静かで、人の気配がない。
門を開けると、ギィ……と嫌な音が鳴った。
一瞬、帰った方がいい気がした。
それでも、ゆうとは玄関のドアに手をかけた。
冷たい。
異様なほどに。
ゆっくりと扉を開ける。
中は、静まり返っていた。
一歩、足を踏み入れる。
その瞬間――
後ろで「カチッ」と音がした。
振り返ると、玄関のドアが閉まっている。
開かない。
スマホは圏外。
そして、
上から音がした。
ギシッ……
階段の先、真っ暗な二階。
誰もいないはずなのに、“何かがいる気がした”。
床には、動物の足跡。
途中で消えている。
コツ……コツ……
見えない足音が、階段から降りてくる。
ゆうとは走り出した。
ドアを開ける。開かない。開かない。
三つ目でようやく開いた。
中へ飛び込む。
静寂。
そのとき――
ワン……
低い鳴き声。
暗闇の中、一瞬だけ見えた。
犬。
だが普通じゃない。
歯に、赤黒い汚れ。
次の瞬間、飛びかかってくる。
ゆうとは廊下へ逃げる。
玄関はダメだ。
なら――階段。
恐怖を振り切り、駆け上がる。
二階へ。
振り返ると、階段の途中に犬が立っていた。
じっと、見ている。
一歩、踏み出した。
ゆうとは走る。
奥の部屋へ飛び込む。
壁に、写真。
老夫婦と、一匹の犬。
違和感。
犬の口元が汚れている。
振り返る。
誰もいない。
もう一度、写真を見る。
おじいちゃんの顔が傾いている。
おばあちゃんの目が、こちらを見ている。
ミシッ……
天井から音。
見上げる。
暗闇の中に、人の形。
コツ……コツ……
廊下から、今度は人の足音。
足元に紙。
「もう無理」
「夜になると、また階段にいる」
「止めないと」
すべてが繋がる。
そのとき。
ドアの向こうに、“誰か”がいる。
ノブが回る。
開いた。
廊下に、老人の影。
ゆうとは走る。
最奥の部屋へ。
天井から、古いロープ。
影。
見上げる。
そこに、“いる”。
後ろに老人。
横に犬。
囲まれる。
ゆっくりと、近づいてくる。
光が消える。
暗闇。
そして――
目の前に、“顔”。
――――――
昼。
何事もなかったような一軒家。
玄関には「内見者募集中」の紙。
一人の男が立ち止まる。
「……安いな」
ドアを開ける。
暗闇。
奥に、影。
三つ。
そして――
もう一つ、増える。
【終】

