「あたしは食材班の方に行ってるから、ちゃんとしときやー」
見原が去ってからすぐ、「誰かうちわ持ってへんー?」と女子生徒の声がした。
その声で我に帰った緋由が、焦った表情で「日和、うちわ2個もってたりせん?」と僕に縋りついてきた。
「ごめん、1個しかない」
僕がそう返答すると、絶望に満ちた「まじかぁ」が返ってきたので思わず笑ってしまう。
「あ、あの…」
細い糸のような声に振り向くと、そこには両手にうちわを持った織宮さんが立っていた。
「間違えて多く持ってきちゃって…よかったら、使ってください」
凛とした印象の彼女とはまるで釣り合わない、ウォーターサーバーの宣伝のうちわに少し拍子抜けする。
「神かよ…あざっす!」
ウォーターサーバーの宣伝うちわを受け取った緋由が、にかっと白い歯を見せて笑う。
「あ、笠原くんは持ってる?」
「僕は持ってるから大丈夫!」
織宮さんの質問に食い気味に答えてしまい、緋由に背中を叩かれる。
「痛った、叩かんといてよ」
僕がそう言い返すと、「結羽ちゃーん」と織宮さんを呼ぶ女子生徒の声が遠くから聞こえてきた。
「じゃね」
それだけを言い残した彼女が、僕たちの元から去っていく。
いつかのデジャヴと、織宮さんが緋由にものを貸したという事実。
たったそのことだけなのに、僕の胸にはジリっと炙られるような痛み――とは言い切れない何かが広がった。



