黒崎には彼女がいる
新妻柚梨
肌が白くて今にも消えてしまいそうな儚さのある、そんな人
笑うと頬がほんのり赤く染まりそれだけで男子が落ちる
私は正反対の人
学校では理想のカップルなんて称えられている
黒崎は決して笑わないけど2人でいるだけで絵になる
学校での黒崎はちゃんと『彼氏』だった
カバンを持ってあげたり
車道側を歩いたり
言葉に出さない優しさがある
…私にはしないくせに
「いいな…」
ハッと口を塞ぐ
誰にも聞かれてないよね…?
羨ましいなんて思える立場じゃない
嫉妬なんてする資格なんてない
私はただの都合のいい女
視線をずらした瞬間スマホの通知音がなった
黒崎からだ
『放課後満喫』
今日はホテルじゃないんだ
こんなクソみたいな連絡1つで舞い上がっている私は馬鹿だ
「こっち」
放課後、満喫に入ると黒崎がいた。
薄暗い照明。加齢臭の混じった香り。
「今日はなんで満喫?いつもはホテルなのに」
「おい」
黒崎が眉をひそめる。
「一応俺、先輩なんだけど」
……は?
「あと、誰かに見られたらまずいだろ。早く行くぞ」
何が先輩だ。
世間体ばっか気にしやがって。
浮気男のくせに。
クズ男のクセに
「で、なんで今日は満喫なの?」
歩きながら聞くと、黒崎はこっちを見ずにに言った。
「金ねーとか思ってんだろ」
「図星?」
「ちげーよ」
ぶっきらぼうな声。
そのまま受付を抜けて、奥の個室へ向かう。
「今日は、相談したいことがあんの」
黒崎が、相談?
「…彼女が、柚梨が怒った」
…は?
それだけ?
意味わかんない
「浮気男のクセにそーゆーとこは気にすんだ」
「うっせ」黒崎はバツが悪そうに視線を落とした。
その声が小さくて、逆に腹が立った。
柚梨が怒ったから何?
怒られたから、私のところに逃げてきたの?
私は相談相手でも、味方でもなくて。
ただの避難場所。
そう思った瞬間、胸の奥が冷たくなった。
「なんで柚梨先輩は怒ってんの」
「スマホ」
「スマホ?」
「スマホ見られそうになって隠したら怒った。喧嘩して出てきたんだよ」
なるほどね
「だから私のとこに来たの?」
自分でも嫌味っぽく言ってるのは分かってる
でも黒崎の都合の良さが今は苛つく
黒崎は少しだけ眉をひそめて、机に肘をついた。
「……違ぇよ」
「じゃあなに」
私が睨むと、黒崎はため息をついた。
「お前しか話せるやついねーんだよ」
その言葉に、一瞬だけ胸が跳ねた。
……私しか。
特別みたいに聞こえてしまう自分が、嫌だった。
でも次の瞬間。
「下手に話したら、もっと面倒になるだろ」
黒崎は当たり前みたいに言う。
まるで私が“都合よく黙ってくれる存在”だと決めつけているみたいに。
「……はぁ」
私は笑ってしまった。
乾いた笑い。
「ねえ黒崎」
「なに」
「私のこと、好き?」
聞いた瞬間、自分で自分を殴りたくなった。
こんなこと聞いたって意味ない。
答えなんて分かってるのに。
黒崎は一瞬だけ黙った。
それから、私を見ないまま言った。
「……そういうの、今いらねぇ」
その言葉が、胸の奥に沈んだ。
痛いのに、泣けない。
「……そっか」
私は小さく頷いた。
黒崎はそれを見て、少しだけ安心したみたいに息を吐いた。
「とりあえずさ」
黒崎が立ち上がって、私の腕を引いた。
「今日は、ここでいいだろ」
「……」
拒めなかった。
拒んだら、また一人になる。
私はそれが怖かった。
黒崎が近づく。
柔軟剤みたいな匂い。
それが、柚梨先輩の隣にいる匂いと同じで。
でも柚梨先輩みたいにはなれなくて
そのもどかしさが今は辛い
翌日
学校に行くと2年生の廊下に柚梨先輩がいた
バレたのかな
意外にも冷静な自分にびっくりする
いっそバレたほうがマシなのかもしれない
「……ねえ」
教室に入る直前呼び止められて振り返ると、柚梨先輩が立っていた。
近くで見ると、思ってたよりずっと細い。
制服の袖から覗く手首が、折れそうなくらい白い。
「はい」
返事をした声が、自分でも驚くくらい小さかった。
柚梨先輩は少し迷うみたいに視線を泳がせて、それからゆっくり口を開く。
「一葉詩歌って子、知ってる?」
――え。
呼吸が詰まって、喉の奥が痛い。
「……えっと」
頭の中が真っ白になる。
知ってる。
というか、それは私だ。
でも、言えるわけがない。
「同じクラスの子とか?」
柚梨先輩は笑ってる。
けど、その笑顔はどこか固かった。
私は必死に平静を装って首を振る。
「……知らないです」
口が勝手に嘘を吐いた。
柚梨先輩は少しだけ目を伏せた。
「そっか。ごめんね、変なこと聞いて」
そう言って去ろうとした、その瞬間。
柚梨先輩は立ち止まって、小さく息を吐いた。
「最近ね、黒崎くん…変なの」
私は何も言えなかった。
言葉を挟んだら、全部崩れそうで。
柚梨先輩は自分に言い聞かせるみたいに続けた。
「スマホ、ずっと伏せて置くようになったし」
「前はそんなことなかったのに、急に通知も切って」
「夜、連絡しても返ってこない日が増えた」
淡々とした声なのに、少し震えていた。
「部活って言うけど、部活の予定なんて私も知ってるのに」
「それで、聞いたら怒るの。面倒くさそうに」
胸がきゅっと縮んだ。
黒崎の顔が浮かぶ。
あの無表情のまま、適当に誤魔化す顔。
柚梨先輩は、ほんの少し笑ってみせた。
「私が重いのかなって思って。疑うのも嫌で」
「でも、昨日…スマホを取ろうとしたら隠されたの」
「反射的に、って感じで」
私は息ができなかった。
柚梨先輩は、苦しそうに唇を噛んだ。
「そのとき、画面が光って…名前だけ見えたの」
「一葉詩歌、って」
その瞬間、頭の中が真っ白になった。
心臓が痛い。
「……ねえ」
柚梨先輩が私を見る。
まっすぐ。
「その子、どんな子なの?」
声が優しいのが、いちばん残酷だった。
私は、笑うしかなかった。
「……さあ。分かんないです」
嘘が喉を通るたび、体の中が汚れていく気がした。
柚梨先輩は「そっか」と呟いて、少しだけ視線を落とした。
「変だよね。私、こんなこと聞くなんて」
「黒崎くんのこと、信じたいのに、あんな優しい黒崎くんが浮気なんてするわけないのにね」
そう言って、柚梨先輩は小さく笑った。
泣きそうな顔で。
「ごめんね。変なこと言って」
その背中が離れていくのを見ながら、私は立ち尽くす。
呼吸の仕方が分からない。
……先輩は、何も悪くない。
悪いのは黒崎で。
悪いのは、私なのに。
平常心を装って
新妻柚梨
肌が白くて今にも消えてしまいそうな儚さのある、そんな人
笑うと頬がほんのり赤く染まりそれだけで男子が落ちる
私は正反対の人
学校では理想のカップルなんて称えられている
黒崎は決して笑わないけど2人でいるだけで絵になる
学校での黒崎はちゃんと『彼氏』だった
カバンを持ってあげたり
車道側を歩いたり
言葉に出さない優しさがある
…私にはしないくせに
「いいな…」
ハッと口を塞ぐ
誰にも聞かれてないよね…?
羨ましいなんて思える立場じゃない
嫉妬なんてする資格なんてない
私はただの都合のいい女
視線をずらした瞬間スマホの通知音がなった
黒崎からだ
『放課後満喫』
今日はホテルじゃないんだ
こんなクソみたいな連絡1つで舞い上がっている私は馬鹿だ
「こっち」
放課後、満喫に入ると黒崎がいた。
薄暗い照明。加齢臭の混じった香り。
「今日はなんで満喫?いつもはホテルなのに」
「おい」
黒崎が眉をひそめる。
「一応俺、先輩なんだけど」
……は?
「あと、誰かに見られたらまずいだろ。早く行くぞ」
何が先輩だ。
世間体ばっか気にしやがって。
浮気男のくせに。
クズ男のクセに
「で、なんで今日は満喫なの?」
歩きながら聞くと、黒崎はこっちを見ずにに言った。
「金ねーとか思ってんだろ」
「図星?」
「ちげーよ」
ぶっきらぼうな声。
そのまま受付を抜けて、奥の個室へ向かう。
「今日は、相談したいことがあんの」
黒崎が、相談?
「…彼女が、柚梨が怒った」
…は?
それだけ?
意味わかんない
「浮気男のクセにそーゆーとこは気にすんだ」
「うっせ」黒崎はバツが悪そうに視線を落とした。
その声が小さくて、逆に腹が立った。
柚梨が怒ったから何?
怒られたから、私のところに逃げてきたの?
私は相談相手でも、味方でもなくて。
ただの避難場所。
そう思った瞬間、胸の奥が冷たくなった。
「なんで柚梨先輩は怒ってんの」
「スマホ」
「スマホ?」
「スマホ見られそうになって隠したら怒った。喧嘩して出てきたんだよ」
なるほどね
「だから私のとこに来たの?」
自分でも嫌味っぽく言ってるのは分かってる
でも黒崎の都合の良さが今は苛つく
黒崎は少しだけ眉をひそめて、机に肘をついた。
「……違ぇよ」
「じゃあなに」
私が睨むと、黒崎はため息をついた。
「お前しか話せるやついねーんだよ」
その言葉に、一瞬だけ胸が跳ねた。
……私しか。
特別みたいに聞こえてしまう自分が、嫌だった。
でも次の瞬間。
「下手に話したら、もっと面倒になるだろ」
黒崎は当たり前みたいに言う。
まるで私が“都合よく黙ってくれる存在”だと決めつけているみたいに。
「……はぁ」
私は笑ってしまった。
乾いた笑い。
「ねえ黒崎」
「なに」
「私のこと、好き?」
聞いた瞬間、自分で自分を殴りたくなった。
こんなこと聞いたって意味ない。
答えなんて分かってるのに。
黒崎は一瞬だけ黙った。
それから、私を見ないまま言った。
「……そういうの、今いらねぇ」
その言葉が、胸の奥に沈んだ。
痛いのに、泣けない。
「……そっか」
私は小さく頷いた。
黒崎はそれを見て、少しだけ安心したみたいに息を吐いた。
「とりあえずさ」
黒崎が立ち上がって、私の腕を引いた。
「今日は、ここでいいだろ」
「……」
拒めなかった。
拒んだら、また一人になる。
私はそれが怖かった。
黒崎が近づく。
柔軟剤みたいな匂い。
それが、柚梨先輩の隣にいる匂いと同じで。
でも柚梨先輩みたいにはなれなくて
そのもどかしさが今は辛い
翌日
学校に行くと2年生の廊下に柚梨先輩がいた
バレたのかな
意外にも冷静な自分にびっくりする
いっそバレたほうがマシなのかもしれない
「……ねえ」
教室に入る直前呼び止められて振り返ると、柚梨先輩が立っていた。
近くで見ると、思ってたよりずっと細い。
制服の袖から覗く手首が、折れそうなくらい白い。
「はい」
返事をした声が、自分でも驚くくらい小さかった。
柚梨先輩は少し迷うみたいに視線を泳がせて、それからゆっくり口を開く。
「一葉詩歌って子、知ってる?」
――え。
呼吸が詰まって、喉の奥が痛い。
「……えっと」
頭の中が真っ白になる。
知ってる。
というか、それは私だ。
でも、言えるわけがない。
「同じクラスの子とか?」
柚梨先輩は笑ってる。
けど、その笑顔はどこか固かった。
私は必死に平静を装って首を振る。
「……知らないです」
口が勝手に嘘を吐いた。
柚梨先輩は少しだけ目を伏せた。
「そっか。ごめんね、変なこと聞いて」
そう言って去ろうとした、その瞬間。
柚梨先輩は立ち止まって、小さく息を吐いた。
「最近ね、黒崎くん…変なの」
私は何も言えなかった。
言葉を挟んだら、全部崩れそうで。
柚梨先輩は自分に言い聞かせるみたいに続けた。
「スマホ、ずっと伏せて置くようになったし」
「前はそんなことなかったのに、急に通知も切って」
「夜、連絡しても返ってこない日が増えた」
淡々とした声なのに、少し震えていた。
「部活って言うけど、部活の予定なんて私も知ってるのに」
「それで、聞いたら怒るの。面倒くさそうに」
胸がきゅっと縮んだ。
黒崎の顔が浮かぶ。
あの無表情のまま、適当に誤魔化す顔。
柚梨先輩は、ほんの少し笑ってみせた。
「私が重いのかなって思って。疑うのも嫌で」
「でも、昨日…スマホを取ろうとしたら隠されたの」
「反射的に、って感じで」
私は息ができなかった。
柚梨先輩は、苦しそうに唇を噛んだ。
「そのとき、画面が光って…名前だけ見えたの」
「一葉詩歌、って」
その瞬間、頭の中が真っ白になった。
心臓が痛い。
「……ねえ」
柚梨先輩が私を見る。
まっすぐ。
「その子、どんな子なの?」
声が優しいのが、いちばん残酷だった。
私は、笑うしかなかった。
「……さあ。分かんないです」
嘘が喉を通るたび、体の中が汚れていく気がした。
柚梨先輩は「そっか」と呟いて、少しだけ視線を落とした。
「変だよね。私、こんなこと聞くなんて」
「黒崎くんのこと、信じたいのに、あんな優しい黒崎くんが浮気なんてするわけないのにね」
そう言って、柚梨先輩は小さく笑った。
泣きそうな顔で。
「ごめんね。変なこと言って」
その背中が離れていくのを見ながら、私は立ち尽くす。
呼吸の仕方が分からない。
……先輩は、何も悪くない。
悪いのは黒崎で。
悪いのは、私なのに。
平常心を装って


