死神殺害欲求

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****苦し**。ぞわ*ぞわする。気持ち悪い。
ここはどこ。私は誰。吐き気が。意識が。おかしい。頭おかしい。寒い。寒い。なんか寒い。何で、私は、私は、私は、………

………イナリ。神から死神を倒すことを命じられた者。神の眷属。意識を保て。

ここはどこ。感覚は掴める。いま私の体はどうなってるんだろう。そうだ。寒い。いま私の体は寒い。布、そうだ、この感覚は布だ。背中があったかい。……それは……

「ん、起きたん?」

………!?!?!?!!!

足を折る。硬い感覚を確認。そのままその硬いものを蹴り離脱。痛み無し。体に邪魔な布を発見。振り払う。立ち上がり戦闘に移れる体勢をとる。地面から振動を確認。周りはぶつかるものがないためそれなりに広いと仮定する。
 目を開ける。目の前に男を確認、敵意無し。まわりに人の気配……窓から馬が見える。上に人有り。地面からの振動と移り変わる窓の景色から馬車での移動中ということが…………………

………………?

「えっと………、そ、爽快なお目覚めやな?」

目の前の男は、首を傾げながら声を出した。
 ……いや、もしかしたら誘拐犯かもしれない。
敵意はないかもしれないが、まだ信用が足りない。ヤタノはこの世界を「どこかおかしい」と言っていた。私も同意見だ。目の前に現れるのがどんな狂人でもおかしくないと思って対応する。

「………お菓子でも食べる?」
「いらない」
「そっか」
「………………」
「………………」

………気まずい。
目の前の人がどれだけの狂人でも気まずい。が、流石に目の前の不審人物から食べ物をもらうような教育はされていない。そのまま戦闘体勢で待機。

「あー、えー、と、隣座る?」
「……………………………はい」

ここは見た感じ馬車で、中は広い。ので十分に距離を置けば隣で座っても……

「………っくしゅん!」

猛烈な寒気に襲われた。よく見れば全身がべちょべちょに濡れている。それで寒かったのか、と納得しながらも体勢は崩さない。

「あったかくしとかんと風邪引くで。ほらその放り投げた布取って……」
「…………いい」
「はぁ?」

毒針が仕込んであるかもしれない。それで眠らせた後に実験道具などに………

「………隣すわる」
「そこ隣ちゃうけど」

呆れたように男は言うが、どんな危険があるか分からないのに近くに座るわけないだろう。ギリギリ遠くに、かつ仲間だと思われる馬から距離を取れる場所に座る。
結局向かい合わせの少し斜めのところに座った。行儀が悪いとも思ったが靴を脱ぎ、足を抱えて丸まる。

「寒ないん?」
「…………寒い」

 なんで濡れているのだろうか。寒い。体が凍りそうだ。
服は別に薄手でもなんでもない。多分、外が寒いのだろう。窓も絵が描けそうなくらいに曇っている。外の馬の足音が遠い。感覚がもう逆に暖かさを訴えている。その暖かさと下からの振動に、瞼が落ちていった。

「…………はぁ……」

ため息が前方から聞こえた。聞こえるのが早いか、車内の空気が揺れる。

…………………?
反応が、遅れた。

「冷た……」

呆れた声。でも優しい声。
それと同時に、暖かいものに包まれる。

「…………ん…」

瞼を上げる。
隣にはさっき斜め前にいたはずの男がいた。体を包んでいるのは彼のコートのようなもので、暖かい。いつの間に、とも思ったが、寝かけていたのでそもそも動いたことを認識できていなかっただけかもしれない。

「ほんまにちっちゃいなぁ」
「…………離れ…」
「離れたら凍死やな」

本当のことなので何も言えない。が、

「………それならこのコートだけでいい」
「本人お払い箱っちゅうこっちゃな」
「うん」
「ひど」
「……?」

酷いだろうか。コートを貸してもらうのはありがたいが、そんなに長い時間くっついていたくないだろう。私みたいな化け物とは会話するのも嫌なのでは、と考えただけで。
………でも、いいのなら。

「…………くっついて、いい?」
「ん?は、いやうん。そっちの方があったかいんちゃう?いう……」

いつもなら警戒心の3文字を優先した。けど、いまは寒いし、何より、
………もうこんな機会ないと、人とくっつくことなんてない。

「…っうお」

遠慮なくくっつかせてもらう。一生に一度の機会だし、何よりこの男に害意はないということがはっきり分かった。
 べたぁ、と粘着しそうなくらいにくっつく。ぎゅーっと抱きつく。顔を埋める。あったかいし、いい香りする………あ、

「……………濡れた」
「いやそれはそうやろ」

冷静に突っ込まれた。確かにそれはそうだ。よく見ればかけてくれたコートも濡れてる。

「……………………ごめんなさい」
「いや別にええけど」
「………いいの?」
「え、ああ、うん?」

コートが濡れるのは諦めて、最初に羽織っていた布とコンボで使う。これで布は顔から上、コートは下で完璧に相手が濡れない。

「おお?」

ぴょん、と軽くはねて彼の膝にのる。さっきとは違って濡れない。前も見えないが問題ないだろう。さっきと同じく抱きつく。あったかい。少し興味を持って、さわってみた。

「…ぴゃあ!?」

やっぱりこちょこちょは効くようだ。振動がびくりと伝わる。

「………おい」
「…?」

急に声をかけてきて、驚く。もうタイムアップだろうか。まだくっついてやりたいことたくさんあったのだが……

「やってええんは、やられる覚悟があるやつだけやで!!」
「…………!?!!!?」

 くすぐったい、という感情を初めて知った瞬間だった。
ぽて、と転げ落ちて、床に丸まる。これぞ目には目を、ということか。

「大丈夫かー」

ニヤニヤしているのが布越しにわかる声。足音がある程度近づいたところで、地面を蹴って四足歩行。横を通り過ぎカーブを描く。一瞬、背後をとる。もちろん見え見えで、彼が後ろを向いて仕舞えば終わりの位置関係。けれど。

「ひゃぁ!?」

目には目には目を、を仕掛けるには十分な時間だった。

「っ………」
「…………油断禁物」

フン、と隣に転がった男を鼻で笑った。気分は仇討ちの清々しさだ。10倍返しという文化に従って、追い討ちでもかけてやろ……

「ぺくしゅん!!」

もちろん、それは未遂に終わった。

「あーあ、こら風邪引いたな……」

どっちが油断したんだか、と言いながら、動いた時に落ちた布とコートをかけてくれる。
………無念。

「今度はおとなしく座ってなー」

言いながら男は、ヒョイ、と私を持ち上げる。

「…………………軽」

何かが聞こえた気がしたが、聞こえなかったフリをしよう。なにも言い返せない。
 そのまま男は自分が座って、私を膝の上に乗っけた。最初の背中の暖かさはこれだったか、と納得する。

「君、名前なんて言うん?」
「…………先に名乗るのが礼儀」
「んー、言わんかったっけ」

後ろから声が落ちる。吐息が耳に触れる。近いなと思った。

「んー、ほな『加音』でええわ。呼び捨てでもなんでもええで」
「……………………加音」

小さく呟いて、かみしめる。なんでかは分からないけど、なんかそうしたかったのだ。
………加音。かおん。
散々かみしめたあと、改めて発言を思い返す。これでいいや、というような口調だったから、他にも名前があるのかもしれない。もしくは………

「……偽名?」
「え、あー、ちゃうちゃう。加音ってあだ名で定着してもうてて。せやから、本名かあだ名かで迷っただけやねん」

なるほど。それなら仕方ないだろう。できれば本名のほうも聞きたいが、自分の本名が言えないのでそれは礼儀的にやめた方がいいかと考える。

「で、名前は?」
「………………イナリ」
「イナリって。寿司やん。いなり寿司」
「……………」

そもそも「イナリ」と聞いて神様を想像する方がおかしかったかもしれない。そういうことにしよう。いなり寿司だ。私はいなり寿司………
………いなり寿司か………
それはそれで気分は微妙である。まぁ元々の由来が油揚げなので変わらないっちゃ変わらないが。

「………お菓子食べる?」
「…………食べる」

そういえばヤタノのティーパーティではお菓子にもお茶に手をつけていなかった。そこまで長い時間やっていたわけではないので仕方ないかもしれない。けれど、お腹は減る。
 ひょい、と加音は私を抱き上げて動く。

「何にする……あー、あるんはせんべいに、飴に、うわ……わたあめに、チョコに……何やこれ」
「…………豆…?」

荷物を加音は開ける。が、そこまで入っているとは思わなかった。後ろの袋詰めにされた荷物の半分はお菓子なのだろう。

「………お菓子の家でも行ってきた?」
「あー、うん。せやね。あながち間違いやないわ」

冗談で言ったはずなのだが、真面目……いや呆れた声で返される。

「っちゅうことで、こんなん食べきれへんから食べてほしいねんけど…」

ちら、と加音はこちらを見る。私がどんな経緯で加音の膝に乗っていたのかは分からないが、原因の一端はこの大量のお菓子だろう。……間違いなく。

「………辛いの以外は、いける」
「あー、ほなこういう明らかに歯ぁでろんでろんになるやつお願いするわ」

渡されたのは、瓶に詰められたケーキ。透明な瓶に綺麗なスポンジケーキとクリームの層が見える。中に挟まっているフルーツは、………

「…これ、誰に貰った?」
「………なんでなん?」

レモンだ。蓋を開けてみても、甘いというより酸っぱい香りがする。確かに甘いかもしれないが、歯が溶けるほど甘いわけでもなさそうだ。

「婚約者候補やで、くれたん。甘いの苦手や言うてんのに、挨拶行くたんびに──」
「…………」

途中まで聞いて瓶を開ける。もちろんスプーンの類いはないので、小指に少しつけて、加音の口にそのまま運んだ。

「まぁ、友達は喜んどるし___…っ!?」

噛まないようにしているのか、口が半開きで止まっている。あーんというものを試してみたかったのだが、流石に気持ち悪かったと反省した。クリームがついた小指を抜く。

「何や、急に__て、」

結局加音の口の中に入っただけのクリームを舐めた。やっぱり酸っぱい。クリームまで酸っぱいのだ。でろ甘のことはないだろう。
…………?

「……加音……?」
「いや、なんもないで」

そういえばまだ小さいもんな……と諦めたような呟きが聞こえたが、聞こえないフリ。これも事実でありどうしようもない。

「で、どないした。………スプーンならここにあるで」
「……あ」

瓶の横に、ご丁寧に木の平たいスプーンが紐で括ってあった。スプーンならば食べてくれるだろうか、とすくって加音のくちに運ぶ。

「むぐ!?」

まぁ食べてもらわないと話が進まないので問答無用だが。

「さっきとちゃって……その、ちょっと乱暴やな」
「………仏の顔は3度まで。私の顔は1度まで」
「つまりスネたん?」
「…………………………味は」

不利になりそうであれば逃げるべき。というか話したいのはそこではない。

「んー、もう一回やってみて」
「………はい」

スポンジケーキとクリームを乗せて口に運ぶ。今度はよく味わって口を動かした加音が、目を少し見開いた。
 
「………うまいな」
「……うん」

いいながら私もスポンジを口に含む。スポンジは柔らかく、ほんのり甘い。これはこのクリームと合うだろう。

「………まぁ、だからなんだ、ではある」
「いやないって!」

私のつぶやきを拾って加音は全力で否定した後、空いている片手を顎にあて考えた。

「………あぁ、そら甘いもんそこまで好きちゃう友達でも喜んで食べるわけやわ」

納得した顔で、加音も袋の中のお菓子をとった。さっき言っていたわたあめだ。

「だとしたら……」

袋を片手で器用に開けて、雲のようなわたあめがついた棒をとる。少し躊躇った後、加音はそれを口に入れた。

「ん。おいしいな」

おいしいものを美味しく食べられるのはいいことだろう。そのまま加音は私ごと座る。馬車の中なので、綺麗な椅子があるわけでもない。箱が並んであるだけだ。ただ、気分はとてもいい。というか口の中がおいしい。

「………ひとくち」
「お。そうやな。これは辛くないし………」

ふと、何かを思いついたように加音は止まった。そしてニヤリとものすごく悪い予感のする笑みを浮かべると、わたあめをひょい、と上に挙げる。

「これ取れたらやるわ」
「………汚い」
「失礼やなぁ」

届くか。かなりギリギリだろう。

「……そういえば、この馬車はどこに向かってる」
「うちの家やけど……」
「は」
「ほ」

少し下がったところを狙うが、避けられた。とてもふわふわとした美味しそうなわたあめが、ふよぉ、と揺れる。
……………………………………

「………あ、落ちる」
「え!?」
「は、」
「ほ」

わたあめを指さして呟く。それに騙されたところを狙う。避けられる。
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「………あ、幽霊」
「それは流石に……」
「は」
「ほ」

呆れたところで少し下がる。狙う。避けられる。
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「……レモンケーキもうひとくちいる?」
「あ、いる」
「……口開けて」
「ん、やっぱこっちもうまいなぁ」
「は」
「ほ」

レモンケーキをひとくち代償に狙う。避けられる。わたあめが馬車の振動でふわふわ揺れている。
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「…………」
「どうするー、諦める?」
「…………は」
「ほ」

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無言で少女はヘッドバットを喰らわせた。


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