高めの声を出しながら、何かが不審者に降りかかる。対象を攻撃したのなら、この「ヤタノ」は味方なのだろうか。いや、敵が呼んだのなら敵__?
よく分からないものは考えても仕方ないかもしれない。けれど。
「いやぁ、すまぬな。うちのヤツが迷惑をかけた」
コイツが敵に回ったら、____確実に負ける。
強い。
「詫びと言っては__と。どうかなさったか」
「……………いえ」
表面だけで笑っているのかもしれない。その思考では弱者を嘲笑っているかもしれない。
「…………コハク、戻っていい」
カコン、とコハクは頷く。同時に共有が解除され、何かが抜けていくような気がした。それと同時に頭にのぼった血も沈んでいく。
「……………すみませんでした」
「なんのなんの。完全にコイツが悪いのだろう?」
相手に気取られないよう観察する。
女、やや小柄、長い刀。そして__背中に翼有り。
やはり、人間ではない。背筋が凍る。もし、目の前の「ヤタノ」が攻撃に転じたら、私は勝てるか。いや、逃げることすらできない。
「まぁ、コイツはそこまで強くないので安心するといい。改めて、私はヤタノカミガラス。この世界の管理者の護衛人だ。気軽にヤタノと呼ぶといい」
小柄な体が胸を張った。ふふん、と威張ったように声を出すが、圧がない。黙っていれば普通にみんな命乞いするだろうに。少し呆れた。
「まず……君の名前はなんだ?」
「………巫女です」
「?、いや名前だ。役職ではなくてだな……」
「………覚えてません」
気づけば周りは「巫女様」と言っていた。でも、たしか母親は呼んでいたはずなのだ。私の名前を__
『ハルカっ!』
満面の笑みのお母さんを思い出す。本当に楽しそうに名前を呼ぶお母さん。宝物を呼ぶように笑って___小さな妹を優しく抱き上げた。
「そ、そうか」
変なことを聞いた、と言うように戸惑うヤタノの声にはっとする。気を抜いてはいけない。だってどうせ誰も守ってくれない。
「じゃあイナリだ!!!」
「___え?」
「お前の名前だ。今日からお前は稲荷。詰まり___」
稲荷。狐の異名。元穀物の神。つまり、世界から逃げてきた私への皮肉か__
「油揚げだ!!!」
「…………は?」
本当に意味が不明だった。
「ん?いや油揚げを先ほど食ってな。それが絶品だったのだ」
「………だとしても、人に油揚げはない」
「不服か……?」
名前には特にいい思い出はない。私に多分名前は存在していなかった。つけられていても、誰もその名を呼んでくれる人はいない。というか今も、私にとっては脅しと変わらないのだ。
………けれど。
「…………__」
「?!、体調でも悪いか?!」
口元がどうしようもなく緩んだ。
ヤタノは多分、本当に美味しい油揚げを食べたのだろう。それもその頬をぱんぱんに膨らませて。容易に想像できる。そんな目の前の彼女を愛らしく思ってしまうのは、多分、罪ではない。
「…………わかった」
心は落ち着いた。それどころかあったかい。
「じゃあ立ち話もなんなので、てぇーぱーてぃでもしながら話すとしよう!」
パチン、と発音と違っていい音がヤタノの指から放たれる。その瞬間、風の感覚が耳を掠めた。
「!?」
そこに気を取られた一瞬。そのうちに、自分を取り巻く環境が一気に変わった。
真っ白の空間は緑と空で塗られ、それをさらに花や雲が彩っている。そして、目の前には綺麗にセッティングされている3つの椅子。そして__すでにそこに座っている不審者兼ヤタノを呼んだ人。
「__ささ、どうぞ遠慮なさらず!!」
