死神殺害欲求

静かだとただ思う。

髪も服も濡れていて重い。足も瞼も、濡れていないはずなのに軽くない。寒い。死ぬかもしれない。いや、死なない。だって足は動く。段々と近づく。

____ぽつり、と髪から水滴が溢れた。

目の前には、鮮やかな赤を纏う鳥居。だが、目を奪われたのは色などではない。鳥居で区切られた、神様の通る道。その先にあるはずの木々が、風景が、消え失せていた。その代わりに、液体のようで全く違うモノが、静かに蠢く。けれど、遠目で見た時はこんなもの。
 後ろには木々が、今も雨に打たれる森が揺れていた。

「………___」

ここだ、と、確かに口は動いた。そこにあるはずの声は枯れた。けれど、決意が漲って止まない。
 微塵も恐怖を感じない。不安もない。あるのは決意。絶対、必ず、死んでも。そんな言葉さえ言葉で終わってしまえるほどの。

___音を立てて、蠢く境界線の奥に道が開く。致命的な失態だと、世界はなぜ気づかない。少女を招いてしまったら、待つのは破断だ。静かに蠢く境界線を、絶対に跨がせてはいけない怪物___いや。

道を歩いた。歩調は変わらない。

 境界線の先にいる「神様」は言うのだろう。
そんなもの、ありふれている、と。
それがこの死場所の。いや、この世界の平凡なのだろう。私だけで壊れられるものならば、もうとっくにこんな世界は消えている。


少女のことを、死場所は知らない。そして少女も、死場所を知らない。

未来に想いをはぜるも、誰かを愛するのも、どうぞお好きになさってください。けれどここは死場所であることは、忘れないほうが身のためだ。なぜって___当たり前だろう。この先に存在するのは、思考を忘れた異常者なのだから。



「___!?」

永遠かと思ってしまいそうな鳥居の奥の通路。そこを抜けた瞬間、体が水に包まれた。

「____!__!!」

私は人間、あくまでヒトなのだ。もちろん水中呼吸なんてできるはずがない。
 傷口が滲んで痛む。見えていた水面が、鳥居が、暗く染まっていく。息が苦しい。呼吸ができない。

____死。

それほど間を置かずに認める。それを否定できる材料はない。緩やかに沈んでいく景色の中、世界に捨てられた存在は、……怒りを覚えた。

ふざけるな!!!!

暗くなっていた視界が、鮮烈に脳に描かれる。___手を伸ばす。がむしゃらに足を動かす。肺の空気が水面へと吸い込まれていく。けれど反対に、体は底へ引き摺り込まれた。視界に光が届かない。水面がひどく明るく見える。___わかっていた。薄々感じていた。けれど、大丈夫だと思った。届くと思った。神様は見ていると思った。けれど、結果は?

今際の際には笑いが込み上げる。__もう、嫌だ。なんなんだろう。どこであっても私は死んでいくのか。殺されていくのか。願いを持つ暇も、愛する時間もなく、その命が誰かに喰らい殺されるまで、その命というガラクタを抱きしめている……そんな人生でさえ上等だと言われるのか。

もう、何に怒っていたのかもわからない。何もふざけているはずはない。現に私は今、緩やかに死ぬ。痛ぶられることも、叩かれることもなく、ただ___

1人の”人間”は、緩やかにその鼓動を止めた。




「____あ、やっと起きた?」

 ぼんやりとした視界。それが写したのは、ひどく明るいものだった。

 だんだんと意識がはっきりとしていく。だがはっきりしたとしても目の前の人物以外に色はない。真っ白の部屋。チリひとつ見当たらない。それを見てまず疑問に思うのは、「ここはどこか」ということだが、目の前の人物に聞けば答えてくれるだろうか。そう思い口を開く。

「…………ここはどこですか」
「わざわざ言う義理はないよ」

当たり前の質問に、目の前の人物はひどく冷たく言った。けれど声は明るいままなので混乱する。

「…………あなたは誰ですか」
「それも答える理由がない」

こちらからの質問には答えないことを察し、口を閉じる。多分情報をなるべく他人に言わないようにしているのだろう。
 敵か味方かわからないのなら体勢を整えるべきだと思い、体を起こそうとした。が、手が滑ってしまう。

「手を貸そうか?」
「…………いえ」

もう一度体を慎重に起こし立ち上がる。今度はしっかりと起きることができたが、初対面の不審な人物に失敗を見られるのは嬉しいことではない。

「ちょっと聞いていい?」
「……………なにをですか?」

別に無視でもよかったのだが、それだと絶対に話が進まないのでこれは答えるしかない。

「不満そー………ねぇ、君は死んでるよね」
「………はい」
「どうして動けるのか分かる?」
「……分かるわけないじゃないですか」

そもそも考えても分からないものはいくら考えても分からない。ただ時間を無駄にするだけなので疑問にも思っていなかった。

「………そっかぁ」

ひどく残念そうな不審者の声に、少し溜飲が下がった。初対面だが、今までの態度で充分好きになれないことが分かる。

「ねぇ、好きなタイプは?」
「は?」

今それを聞くか、というのは置いておき、実用性の斜めをすっ飛んだ質問に一応答える。

「……軽めの携帯銃には憧れますが、やっぱり焦点を合わせるのは大変なので大人数相手であれば大型の連射銃がいいです」
「そんな物騒なもののタイプは聞いてないよ」
「?」

確かに専門的なことは分からないのでピンポイントに伝えることはできないが、それ以外で文句を言われるのは違うと思う。というか頑張って捻り出したというのになんなのだろうか。

「違くて、人間の種類」
「………どわーふとかえるふとかですか?そういうのはよく分かりません」
「ちがーう。なんでわかんないかなぁ。えーっと、人間の性格とか見た目とか」

ああ、と一気に納得した。急に答える気も失せる。けれど答えなければ会話は進まないだろう。そもそも、これが無駄な会話かは分からない。心理的情報云々の話かもしれないし。…いやないな。

「………純粋そうな人なんじゃないですかー。優しそうで、」

私の妹みたいに、

「他者に媚びているような」
「じゃあそれで決定ね」

 え、とも言う暇なく目の前の人物は勝手に決めていく。

「純粋そうで、優しそうで、うーん……あ、ウサ耳つけて目をくりっとさせて、今のボサボサの黒髪より白髪の方が可愛いでしょ?…ウサ耳は邪魔そうだから髪に垂らすねー。あーショートとロングどっちがいい?」
「………よく分かりません」
「じゃあロング。服は……面倒だしメイド服でいい?」
「いいわけないじゃないですか!!!?」

よく分からない。分からないが絶対にそれはダメだ。多分絶対。

「えー」
「ジャージがいいです」
「何言ってんの?仮にも僕の使いなんだから」
「仮でもメイド服よりはいいと思います」

 えー、とどうでもよさそうに返事をする不審者。
どうでもよさそうにするのなら、こっちの意見も聞いてくれないだろうか。

「今着てる服でも問題ないじゃ__」
「そんなボロボロの布切れ、雑巾の方がまだ綺麗だよ」
「__は?」

さっきからなんなのだろう。なんなのだろうか。急に現れただけのくせに堂々と悪口を。宣戦布告だろうか。戦闘だろうか。こちらの問いには一言も答えないくせに、そっちの質問に答えてやってる私に感謝すればいい。のに、雑巾。

ぶつ、と怒りが限界を突破した音がした。

「___『コハク』!!!!」

名を叫んだ。知ってる。もうどうでもいい。私は死んだ。つまりそれはどういうことか?____犯罪にならないということだ。

「うぇ?!」

現れたのは、古そうで、けれど白い色を保つ長い骨。とんでもなく長くてでかい大蛇だとしても無理があるそれは、竜の骨。そして__私のたった1つの友達。

「___散れ!!!」
「まっ」

風を連れて、コハクはまっすぐに見据えた敵へと突っ込んでいく。視界共有完了。聴覚共有完了。嗅覚__完了。
 全ての準備を終わらせて、全視界で敵を見据える。

敵はなりふり構わず横に飛び攻撃を避けた。今のでやられてくれればよかったのだが__

「この無礼者___!」

訂正。ギリギリまでシバく。避けてくれてよかった。本当に。

「…………コハク、ちょっと遊んであげて」

カコ、とコハクは頷く。別に命令はしていない。本当に、ただの感情に共感してくれただけなのだ。…………でも、もしかしたら、気遣ってくれただけかもしれない。感情を同じにして人を傷つけるなんて、コハクは絶対に望まない。けれど今は、今だけはその良心から目を逸らす。じゃないと罪悪感で息が詰まりそうになるから。

「__まって、ごめんって、」

カコン、と歯車のように竜の骨は体をしならせる。
………コハクは先祖が殺した竜を教調して、骨と魂を抜き出したものらしい。けれど私は認めずに、竜に感情を求めた。友達として隣に立ってもらおうとした。だからコハクには強さというものがある__らしい。よく祖母が話していた。今でもよく分からない。けど、それがわかったら私は幸せになれるらしい。そして、おばあちゃんはもう一つ言っていた。確か__コハクの動きは、生前のそれに勝るとも劣らない、だっけ。

「___ヤタノ!!!」

不審者が何かの名前を叫ぶ。だが召喚用の合言葉のようなものではないので、多分ただ人の名前を呼んだだけ___いや、こんな土壇場で?

 背筋に何かが走る。生物としての勘。空気が知らせる危険信号に、迷わず従った。

「『コハク』!!」

再召喚。不審者に向かっていたコハクが背後に戻る。

コハクは何事かと首をこちらに向け__その思考の共有ですぐに納得する。ただの勘__そう言い切るには、残念ながら経験が足りない。

「___ぜーッ、__ぜーッ」

不審者が息を切らす。だがこれだけで息が切れるなんて、あまりにも軟弱すぎる。逆に罠を疑ってしまう。

「あとは、任せた__」
「お・ま・え・は!!!!」

やけに格好をつけて逃げようとする不審者の決め台詞的なものを、大音量の声で「ヤタノ」らしきものが遮った。

「__どれだけ他人に迷惑をかけるんだぁあああ!!!」
「ぐふぉ」


は?