夕方、辺りが青めく6時過ぎ。
 コンビニの裏手の、花壇のある小さなアパートのドアノブに鍵を差し込んで。

 
「ただいま」

 呟くと帰ってくる声。

「あ、いらっしゃい。」

 風呂上がりだったのか、濡れて艶が出た髪をタオルで拭きながら、スェットで立ち上がる女の人。

「何してたの?」

「シャワー浴びてた。エロい想像通りの浴び方してたよ。」

「またそうやって……やらしいこと言わないでくれません?。」


 僕は男ですよ、と渋面で言いながらキッチンへ入る。


「食われてからじゃ遅いんで。」

「食うだなんて。零くんが私を?」

 にやあ、と口を横に大きく開く(ビックマウスだ)彼女独特の笑みを浮かべながら言う。

「100万光年早いよ」

 あーあ。
 首を曲げてその笑みに怒り笑い。

「あっそ。言ってな。コーヒー、ミルク入れなきゃ駄目ですよ。」

 この人は澪さんという。
 澪さんは拒食気味だ。
 というか、偏ったものを好きな時にだけしか食べない。
 カップ麺、パスタ、アイスクリーム。
 その三種を微量短時間食べる。
 かわいそうに、だから澪さんはガリガリだ。

 このアパートに来ると和む。
 それは澪さんが居て、家族が居なくて、二人きりだからだ。

「零くんの入れるコーヒーの香り。ヒトの入れてくれる飲み物って和むねえ」


 そう言いながら澪さんは嬉しそうにテーブルへ来た。
 湯気の立つコーヒーを2つお盆に乗せてテレビのあるリビングに入ると、澪さんは僕に座椅子を勧めた。

「家で何してたんですか?」

「だから、風呂。エロく。」

「エロくは余計。その前。」

「テレビ見て本読んで歯磨きして、あ、えーと」

「歯磨きも余計。いい加減食べなきゃ死にますよ」

「死にません。見よ!このプルップルの二の腕を」

「男に腕とか見せないでくれません?」


 目を逸らした僕は、自分の鞄からカップ麺のビニール袋を取り出した。


「醤油と塩。どっち」

 ジロ、と澪さんを見ると澪さんは困った顔になった。

「い、要らない」

「どっちか食べなきゃ死にますよ。わざわざカップ麺だけ買ってんの。」

「食べたくない時食べると吐くもん」

「吐かないで。ちゃんと食べて。もうどうしてそうなんですか」


 僕はキッチンへ立つと、勝手知ったる場所で薬缶に水を入れてお湯を沸かし始めた。


「食べてくれなきゃ僕泣きますよ」

「涙活されるの拒まない。胸貸してやら」

「……さっさと。箸出して。飲み物飲んで。あ、ゼリーとかも買ってきたんで食べてください」


 テーブルの上にジャンクフード。
 ビニールのオブジェは僕たちの象徴の様だ。
 薬缶持って来てお湯を注ぐと、澪さんは熱々の塩ラーメンを食べ始めた。


「そういや、零くん高校受験は?」
「とっくに推薦で受かってますよ。成績良いんで。」
「なあんだ、応援しようと思って団扇作ってたのに。見てみて。」


 澪さんはテーブルの横から作りかけのデコった団扇を取り出した。

 零、とラメモールで書いてある。
 地の色はこれ以上馬鹿っぽいものがないくらいのピンクだ。
 
「作ってどうすんですか」

「こっちは、澪」

「自分のも作ったんですね。凝り性だなあ。」


 意味あんの、と聞きながら団扇を受け取る。


「応援。応援団。私、零くんの応援してるからね。」

 にっこり笑った澪さんの髪に窓から宵の影がさす。
 ああ、和む。
 この人は僕のオアシスだ。