とはいえ、現在『一目惚れをした超絶美少女が、自分の婚約者でした』という、素晴らしい幸せの真っ只中にいるクリストファーにとっては、些細なことだ。
「とにかく、女性とそういうことをすれば子どもができる可能性があるんだし、出産は常に命がけの大仕事だ。だからオレは、嫁になる相手としかそういうことをするつもりはねえんだよ。自分の子どもができたときに、旦那として全力でサポートできねえとか、怖すぎるしマジで無理」
実際、クリストファーの母親は、子どもを産んですぐに亡くなっている。
詳しい事情を聞いたことがあるわけではないけれど、出産と彼女の死になんの因果関係もないとは思えなかった。
――母親が、自分のせいで亡くなったとは思っていない。
ただ、『子どもを産む』ということが、女性にとって多大なリスクを伴うものであるという現実は、それこそ我が身のこととして知っている。
だからこそ、自分の子どもを命がけで産んでくれる妻のことは、それこそ自分の命を懸けて守るべきだと思っているし、妻以外の女性に目を向ける余裕などあるわけがない。
クリストファーはごく普通の人間なので、誰かのために懸けられる命はひとつしか持っていないのだ。
なるほど、とアンソニーが何度も頷く。
「感服いたしました、クリストファーさま。本当に、旦那さまに見習っていただきたいくらいでございます」
普通は子どもが親を見習うものではないかと思うのだが、領主としてはともかく、夫としてのセドリックは本当に落第点も甚だしいので、ここは沈黙を保っておく。
「ところで、その授業の教材や講義の詳しい内容などは、シュトラール傭兵団においては部外秘の扱いになるのでしょうか? 可能であれば、そのマニュアル一式を我がグラッドストン伯爵家で購入させていただきたいのですが……」
「え? いや、どうだろう。団長に聞いてみないとわからねえけど、そんなもんを買ってどうするんだ?」
不思議に思ったクリストファーに、アンソニーがにこやかに笑って答える。
「はい。ぜひ、我が家の使用人教育に採用させていただきたく思いまして。お恥ずかしい話ですが、我が家の若い男の使用人の中には、妊娠出産の知識が非常に乏しい者が多いのですよ」
「そうなのか? それは、問題だな。わかった、あとで団長に確認してみる」
シュトラール傭兵団の団長には、フリーになるときにも『たまには飲みに帰ってこい』と言われていた。だが、ここ数ヶ月慌ただしいことばかりで、グラッドストン伯爵家の後継者となったことを連絡し損ねていたのだ。
いい機会だからまとめて報告しておくか、と考えていたとき、エレオノーラにつけていたメイドたちのひとりが、慌ただしい足取りで戻ってきた。
「失礼いたします! エレオノーラさまのことで、少々急ぎで確認していただきたいことがございまして……!」
(は?)
まさか、エレオノーラのために用意した部屋に、何か不備でもあったのだろうか。
彼女は言うなれば、格上の公爵家から賜ったに等しい、醜聞にまみれた伯爵家には過ぎた花嫁なのである。
そのため、カトリーナはその受け入れのために万全の準備を整えていたはずだ。
なのになぜ――という緊張が走る中、その黒髪のメイドが困惑しきった様子で口を開いた。
たしか、フローラという名のメイドの声が、動揺のせいか少し掠れている。
「エレオノーラさまのお輿入れに際しては、今後あの方の生活に必要なものはすべて当家で取りそろえるように、との公爵家からの通達があったと聞いております。ですから、エレオノーラさまがお持ちになったトランクの中には、てっきりお気に入りのアクセサリーやドレス、小物などが入っているのかと思っていたのですが……」
ああ、とアンソニーが頷く。
「その通りだ。手配はすべて整っている」
「はい。私たちも、明日から仕立屋や装飾品を扱う商人たちを迎えると聞いていましたし、奥方さまがいらっしゃらなくても、エレオノーラさまに不安な思いをさせることのないよう、全力で務めていこうと思っていました」
ですが、とフローラの声が一段低くなる。
「エレオノーラさまがお持ちになったトランクのひとつが、魔導武器でいっぱいだったんです」
「………………は?」
あまりに想定外すぎる報告に、クリストファーは首を傾げた。
それはアンソニーたちも同様だったようで、その場にいた者たちが全員目を丸くしている。
なんだそれは、という空気の中、フローラが続ける。
「第二世代の魔導剣に、第五世代の対大型魔獣専用魔導武器、通称《ディルムッド》。第六世代の広範囲攻撃型魔導武器、通称《ヌァザ》。第四世代の超遠距離攻撃型魔導武器、通称《ルフタ》。これらの魔導武器というのは、公爵令嬢が護身用にお持ちになるには、さすがに少々無骨すぎるのではないでしょうか」
「はぁあー!?」
そのときクリストファーがひっくり返った大声を上げたのは、決して貴族教育が足りていないからではないと思う。
「なんだそのラインナップ!? 《ヌァザ》はともかく、《ディルムッド》や《ルフタ》なんて、相当ハードな仕事じゃないと出てこない代物だぞ!? つーか、魔導剣が第二世代て! 消費魔力の上限設定がアホみたいな高さにされてたせいで、使える人間が少なすぎてすぐに廃盤になったシリーズじゃねえか! なんでエレオノーラさまが、そんなモンを持ってんだ!?」
どこか達観したような顔をしたフローラが、ですよね、と頷く。
「公爵家から通達されたエレオノーラさまのご経歴には、魔獣討伐任務への参加はフィニッシングスクールに入学されるまでの、ごく軽微なものだけだと記されていました。ですが、先ほどご本人にお尋ねしてみたところ、日常的に魔獣討伐任務に参加されており、その内容は主に現場での前線指揮。時折、単騎討伐任務も受けることがあったとか」
しん、とその場が静まり返る。
誰もがあり得ない、と唖然とする中、フローラは続けた。
「その単騎討伐任務にご同伴くださっていたのも、エレオノーラさまの弟君であり、兄君ではなかったそうです。――詳しい事情はわかりませんが、少なくとも公爵家からの情報に偽りがあったのは、間違いないと思います」
「とにかく、女性とそういうことをすれば子どもができる可能性があるんだし、出産は常に命がけの大仕事だ。だからオレは、嫁になる相手としかそういうことをするつもりはねえんだよ。自分の子どもができたときに、旦那として全力でサポートできねえとか、怖すぎるしマジで無理」
実際、クリストファーの母親は、子どもを産んですぐに亡くなっている。
詳しい事情を聞いたことがあるわけではないけれど、出産と彼女の死になんの因果関係もないとは思えなかった。
――母親が、自分のせいで亡くなったとは思っていない。
ただ、『子どもを産む』ということが、女性にとって多大なリスクを伴うものであるという現実は、それこそ我が身のこととして知っている。
だからこそ、自分の子どもを命がけで産んでくれる妻のことは、それこそ自分の命を懸けて守るべきだと思っているし、妻以外の女性に目を向ける余裕などあるわけがない。
クリストファーはごく普通の人間なので、誰かのために懸けられる命はひとつしか持っていないのだ。
なるほど、とアンソニーが何度も頷く。
「感服いたしました、クリストファーさま。本当に、旦那さまに見習っていただきたいくらいでございます」
普通は子どもが親を見習うものではないかと思うのだが、領主としてはともかく、夫としてのセドリックは本当に落第点も甚だしいので、ここは沈黙を保っておく。
「ところで、その授業の教材や講義の詳しい内容などは、シュトラール傭兵団においては部外秘の扱いになるのでしょうか? 可能であれば、そのマニュアル一式を我がグラッドストン伯爵家で購入させていただきたいのですが……」
「え? いや、どうだろう。団長に聞いてみないとわからねえけど、そんなもんを買ってどうするんだ?」
不思議に思ったクリストファーに、アンソニーがにこやかに笑って答える。
「はい。ぜひ、我が家の使用人教育に採用させていただきたく思いまして。お恥ずかしい話ですが、我が家の若い男の使用人の中には、妊娠出産の知識が非常に乏しい者が多いのですよ」
「そうなのか? それは、問題だな。わかった、あとで団長に確認してみる」
シュトラール傭兵団の団長には、フリーになるときにも『たまには飲みに帰ってこい』と言われていた。だが、ここ数ヶ月慌ただしいことばかりで、グラッドストン伯爵家の後継者となったことを連絡し損ねていたのだ。
いい機会だからまとめて報告しておくか、と考えていたとき、エレオノーラにつけていたメイドたちのひとりが、慌ただしい足取りで戻ってきた。
「失礼いたします! エレオノーラさまのことで、少々急ぎで確認していただきたいことがございまして……!」
(は?)
まさか、エレオノーラのために用意した部屋に、何か不備でもあったのだろうか。
彼女は言うなれば、格上の公爵家から賜ったに等しい、醜聞にまみれた伯爵家には過ぎた花嫁なのである。
そのため、カトリーナはその受け入れのために万全の準備を整えていたはずだ。
なのになぜ――という緊張が走る中、その黒髪のメイドが困惑しきった様子で口を開いた。
たしか、フローラという名のメイドの声が、動揺のせいか少し掠れている。
「エレオノーラさまのお輿入れに際しては、今後あの方の生活に必要なものはすべて当家で取りそろえるように、との公爵家からの通達があったと聞いております。ですから、エレオノーラさまがお持ちになったトランクの中には、てっきりお気に入りのアクセサリーやドレス、小物などが入っているのかと思っていたのですが……」
ああ、とアンソニーが頷く。
「その通りだ。手配はすべて整っている」
「はい。私たちも、明日から仕立屋や装飾品を扱う商人たちを迎えると聞いていましたし、奥方さまがいらっしゃらなくても、エレオノーラさまに不安な思いをさせることのないよう、全力で務めていこうと思っていました」
ですが、とフローラの声が一段低くなる。
「エレオノーラさまがお持ちになったトランクのひとつが、魔導武器でいっぱいだったんです」
「………………は?」
あまりに想定外すぎる報告に、クリストファーは首を傾げた。
それはアンソニーたちも同様だったようで、その場にいた者たちが全員目を丸くしている。
なんだそれは、という空気の中、フローラが続ける。
「第二世代の魔導剣に、第五世代の対大型魔獣専用魔導武器、通称《ディルムッド》。第六世代の広範囲攻撃型魔導武器、通称《ヌァザ》。第四世代の超遠距離攻撃型魔導武器、通称《ルフタ》。これらの魔導武器というのは、公爵令嬢が護身用にお持ちになるには、さすがに少々無骨すぎるのではないでしょうか」
「はぁあー!?」
そのときクリストファーがひっくり返った大声を上げたのは、決して貴族教育が足りていないからではないと思う。
「なんだそのラインナップ!? 《ヌァザ》はともかく、《ディルムッド》や《ルフタ》なんて、相当ハードな仕事じゃないと出てこない代物だぞ!? つーか、魔導剣が第二世代て! 消費魔力の上限設定がアホみたいな高さにされてたせいで、使える人間が少なすぎてすぐに廃盤になったシリーズじゃねえか! なんでエレオノーラさまが、そんなモンを持ってんだ!?」
どこか達観したような顔をしたフローラが、ですよね、と頷く。
「公爵家から通達されたエレオノーラさまのご経歴には、魔獣討伐任務への参加はフィニッシングスクールに入学されるまでの、ごく軽微なものだけだと記されていました。ですが、先ほどご本人にお尋ねしてみたところ、日常的に魔獣討伐任務に参加されており、その内容は主に現場での前線指揮。時折、単騎討伐任務も受けることがあったとか」
しん、とその場が静まり返る。
誰もがあり得ない、と唖然とする中、フローラは続けた。
「その単騎討伐任務にご同伴くださっていたのも、エレオノーラさまの弟君であり、兄君ではなかったそうです。――詳しい事情はわかりませんが、少なくとも公爵家からの情報に偽りがあったのは、間違いないと思います」
