「あら、そうなの?」
魔導武器の収納ロッカーをフローラの一存で手配できたときから、そんなことではないかと思っていた。
察するに、魔導武器の扱いについては、一般的な貴族令嬢と同じく基礎的な訓練しか受けていない、といったところだろうか。
とはいえ、大した問題ではないのだし、そう畏まらないでもらいたい。
エレオノーラは特にアレルギー体質というわけではないし、食べ物についてもこれといった好き嫌いはないのだ。
先ほどクリストファーに好きな食べ物を尋ねられたときは、なんとなくそのとき頭に浮かんだフルーツのタルトと答えたけれど、今ならホットチョコレートと答えるだろう。より効率的にカロリーを摂取できるものが思い浮かぶということは、自分で思っているよりも少し疲れているのかもしれない。
エレオノーラにとって食べ物というのは基本的に、生命活動を維持するために摂取する栄養源だ。必要だと思えば口にするし、そうでなければ食べなくても一向に構わなかった。
「エレオノーラさま。改めて確認させていただきますが、エレオノーラさまはご実家で日常的に魔獣討伐任務に就かれていた、ということでよろしいでしょうか?」
「ええ、そうよ」
十五歳で入学した王都のフィニッシングスクールに通っているときも、長期の休暇の際はもちろん、厄介な魔獣の群れが出現したときは、すぐに領地へ呼び戻された。
その後父に命じられ、卒業に必要な単位を二年間で取得したあとは、大きな学校行事があるとき以外はほとんど領地で過ごしていたのだ。
学業と魔獣討伐任務を両立するのは、本当に大変だった。しかし、ちょうど入学直後辺りから、国内で魔獣被害の増加傾向がはじまったため、万が一に備えて領地に戻る生徒は、エレオノーラだけではなかったらしい。
そのお陰といってはなんだが、最終学年のときはほとんど学友たちと交流を持てなかったにもかかわらず、みなエレオノーラと距離を置くことなく過ごしてくれたのがありがたかった。
そんなことを思い出しているうちに、さっそく手配されたらしい魔導武器の収納ロッカーを、ベリンダとキャロルが手際よく壁際に設置していく。いかにも頑丈そうなそれに、愛用の魔導武器たちが丁寧に収められていくのを見て、ほっとする。
やはり、いざというときにすぐに手が届く場所に武器があるのとないとでは、だいぶ気の持ちようが違う。
「……そうなのですか。その魔獣討伐任務では、どのようなことをされていたのでしょう?」
「ほとんどは、オルブライト公爵家で抱えている騎士や私兵の前線指揮ね。たまに単騎討伐任務を受けることもあったけれど、そのときは必ず弟のフォローが入っていたから、厳密には単騎とは言えないかしら?」
弟君、とフローラが呟く。
「兄君ではなく、弟君、ですか?」
その問いかけに、思わず笑う。
「ええ、弟よ。スタンリーというの。とっても強くてかわいい、わたくしの自慢の弟なのよ」
あの自堕落なマクシミリアンに、エレオノーラやスタンリーのフォローなどできるわけがない。これからすぐに訓練をはじめたとしても、それが叶うようになるまで、いったい何年掛かることか。
そこまで考え、ふと窓の外を見る。
――貴族の家に生まれた以上、家長の命令は絶対だ。現当主である父に命じられた以上、エレオノーラにはこの家に嫁ぐ以外の未来はあり得なかった。
けれど、婚約者であるクリストファーが、思っていたよりも遥かに優しくて立派な青年だったからだろうか。それまで自分のことだけで精いっぱいだった心に、少しだけ余裕ができて、そこにじわりと不安と心配が滲んでくる。
ぎゅっと、指を握りこむ。
そんなエレオノーラの様子に気付いたのか、フローラが気遣わしげに問うてくる。
「エレオノーラさま。どうかなさいましたか?」
「……いいえ。なんでもないわ」
それから、香り高い紅茶とかわいらしい焼き菓子をセットしたメイドたちが、きれいな礼をして去っていくと、やはり心が向かうのは故郷にひとり残してきた弟のことだった。
スタンリーは、まだ未成年の子どもだ。
何をするにも親の許可が必要な――なのに、きっと今も領地の人々のために、たったひとりで戦っている、エレオノーラの大切な弟。
父や兄が、本当に今すぐにでも領地の現状に気付いてくれなければ、近いうちに必ず故郷の魔獣被害は激増する。そうなってからでは遅いのに、エレオノーラやスタンリーの言葉は、彼らには何ひとつ届かない。
だからきっと、スタンリーは無理をしてしまう。
今までエレオノーラとともに守ってきたものを、優しい彼は簡単に見捨てることができないから。
無理をすればそれが叶うだけの力を、彼はすでに身につけてしまっているから。
その力をスタンリーに与えたのは、ずっと彼を育ててきたエレオノーラ自身だ。
はじめからそんな力を持っていなければ、彼は戦うのではなく、傷つく前に逃げる道を選ぶことができたかもしれない。
そう思うと、胸の奥がひどく軋んだ。
(わたくしは……あの子に、生きていてほしかっただけなのに)
ほんの幼い頃には、両親や兄にも某かの期待はしていたように思う。
彼らに愛されたくて、認められたくて、褒められたくて、無意味な空回りばかりを続けていた。どんな努力も、少しでも彼らに近づくためのものだと思えば、どれほど辛くても耐えられた。
……そんなすべてが無駄だったのだと、彼らの世界に決して自分は入り込めないのだと理解したのは、いつの頃だっただろう。
自分ひとりのことであれば、もしかしたら今も気付かないまま、必死に彼らの愛情を求め続けていたのかもしれない。
けれど、三歳年下の弟が、自分と同じように『家族』から排斥され、傷ついた目をしていることに気付いた瞬間、ようやくそれまでの世界がひび割れた。
ずっとヴェール越しに見ていたような、切ないほどに羨望の対象だった『家族』の肖像が、突然なんの価値もないガラクタに見えたとき、自分でもひどく驚いたことを覚えている。
そんな中でも、世界でたったひとり、エレオノーラと同じ場所で生きている弟だけは、心の底から愛しいと思えた。
だから、幼い弟に自ら戦う術を教えた。あの歪んだ世界で、ひとりで生きていくために必要な力を身につけさせた。
……エレオノーラは、いつか必ず、スタンリーのそばにいられなくなるから。
そっと、小さく息を吐く。
(大丈夫。きっと、大丈夫。……あの子は、引き際を見極められないほどバカじゃないもの)
すでにスタンリーの手を離したエレオノーラに、彼の生き方に口出しをする権利はない。
ただ、生きていてほしい。
叶うことなら、どうか幸せに。
そう願うことくらいは、許されてもいいはずだ。
スタンリーはエレオノーラにとって、たったひとつの生きる理由なのだから。
魔導武器の収納ロッカーをフローラの一存で手配できたときから、そんなことではないかと思っていた。
察するに、魔導武器の扱いについては、一般的な貴族令嬢と同じく基礎的な訓練しか受けていない、といったところだろうか。
とはいえ、大した問題ではないのだし、そう畏まらないでもらいたい。
エレオノーラは特にアレルギー体質というわけではないし、食べ物についてもこれといった好き嫌いはないのだ。
先ほどクリストファーに好きな食べ物を尋ねられたときは、なんとなくそのとき頭に浮かんだフルーツのタルトと答えたけれど、今ならホットチョコレートと答えるだろう。より効率的にカロリーを摂取できるものが思い浮かぶということは、自分で思っているよりも少し疲れているのかもしれない。
エレオノーラにとって食べ物というのは基本的に、生命活動を維持するために摂取する栄養源だ。必要だと思えば口にするし、そうでなければ食べなくても一向に構わなかった。
「エレオノーラさま。改めて確認させていただきますが、エレオノーラさまはご実家で日常的に魔獣討伐任務に就かれていた、ということでよろしいでしょうか?」
「ええ、そうよ」
十五歳で入学した王都のフィニッシングスクールに通っているときも、長期の休暇の際はもちろん、厄介な魔獣の群れが出現したときは、すぐに領地へ呼び戻された。
その後父に命じられ、卒業に必要な単位を二年間で取得したあとは、大きな学校行事があるとき以外はほとんど領地で過ごしていたのだ。
学業と魔獣討伐任務を両立するのは、本当に大変だった。しかし、ちょうど入学直後辺りから、国内で魔獣被害の増加傾向がはじまったため、万が一に備えて領地に戻る生徒は、エレオノーラだけではなかったらしい。
そのお陰といってはなんだが、最終学年のときはほとんど学友たちと交流を持てなかったにもかかわらず、みなエレオノーラと距離を置くことなく過ごしてくれたのがありがたかった。
そんなことを思い出しているうちに、さっそく手配されたらしい魔導武器の収納ロッカーを、ベリンダとキャロルが手際よく壁際に設置していく。いかにも頑丈そうなそれに、愛用の魔導武器たちが丁寧に収められていくのを見て、ほっとする。
やはり、いざというときにすぐに手が届く場所に武器があるのとないとでは、だいぶ気の持ちようが違う。
「……そうなのですか。その魔獣討伐任務では、どのようなことをされていたのでしょう?」
「ほとんどは、オルブライト公爵家で抱えている騎士や私兵の前線指揮ね。たまに単騎討伐任務を受けることもあったけれど、そのときは必ず弟のフォローが入っていたから、厳密には単騎とは言えないかしら?」
弟君、とフローラが呟く。
「兄君ではなく、弟君、ですか?」
その問いかけに、思わず笑う。
「ええ、弟よ。スタンリーというの。とっても強くてかわいい、わたくしの自慢の弟なのよ」
あの自堕落なマクシミリアンに、エレオノーラやスタンリーのフォローなどできるわけがない。これからすぐに訓練をはじめたとしても、それが叶うようになるまで、いったい何年掛かることか。
そこまで考え、ふと窓の外を見る。
――貴族の家に生まれた以上、家長の命令は絶対だ。現当主である父に命じられた以上、エレオノーラにはこの家に嫁ぐ以外の未来はあり得なかった。
けれど、婚約者であるクリストファーが、思っていたよりも遥かに優しくて立派な青年だったからだろうか。それまで自分のことだけで精いっぱいだった心に、少しだけ余裕ができて、そこにじわりと不安と心配が滲んでくる。
ぎゅっと、指を握りこむ。
そんなエレオノーラの様子に気付いたのか、フローラが気遣わしげに問うてくる。
「エレオノーラさま。どうかなさいましたか?」
「……いいえ。なんでもないわ」
それから、香り高い紅茶とかわいらしい焼き菓子をセットしたメイドたちが、きれいな礼をして去っていくと、やはり心が向かうのは故郷にひとり残してきた弟のことだった。
スタンリーは、まだ未成年の子どもだ。
何をするにも親の許可が必要な――なのに、きっと今も領地の人々のために、たったひとりで戦っている、エレオノーラの大切な弟。
父や兄が、本当に今すぐにでも領地の現状に気付いてくれなければ、近いうちに必ず故郷の魔獣被害は激増する。そうなってからでは遅いのに、エレオノーラやスタンリーの言葉は、彼らには何ひとつ届かない。
だからきっと、スタンリーは無理をしてしまう。
今までエレオノーラとともに守ってきたものを、優しい彼は簡単に見捨てることができないから。
無理をすればそれが叶うだけの力を、彼はすでに身につけてしまっているから。
その力をスタンリーに与えたのは、ずっと彼を育ててきたエレオノーラ自身だ。
はじめからそんな力を持っていなければ、彼は戦うのではなく、傷つく前に逃げる道を選ぶことができたかもしれない。
そう思うと、胸の奥がひどく軋んだ。
(わたくしは……あの子に、生きていてほしかっただけなのに)
ほんの幼い頃には、両親や兄にも某かの期待はしていたように思う。
彼らに愛されたくて、認められたくて、褒められたくて、無意味な空回りばかりを続けていた。どんな努力も、少しでも彼らに近づくためのものだと思えば、どれほど辛くても耐えられた。
……そんなすべてが無駄だったのだと、彼らの世界に決して自分は入り込めないのだと理解したのは、いつの頃だっただろう。
自分ひとりのことであれば、もしかしたら今も気付かないまま、必死に彼らの愛情を求め続けていたのかもしれない。
けれど、三歳年下の弟が、自分と同じように『家族』から排斥され、傷ついた目をしていることに気付いた瞬間、ようやくそれまでの世界がひび割れた。
ずっとヴェール越しに見ていたような、切ないほどに羨望の対象だった『家族』の肖像が、突然なんの価値もないガラクタに見えたとき、自分でもひどく驚いたことを覚えている。
そんな中でも、世界でたったひとり、エレオノーラと同じ場所で生きている弟だけは、心の底から愛しいと思えた。
だから、幼い弟に自ら戦う術を教えた。あの歪んだ世界で、ひとりで生きていくために必要な力を身につけさせた。
……エレオノーラは、いつか必ず、スタンリーのそばにいられなくなるから。
そっと、小さく息を吐く。
(大丈夫。きっと、大丈夫。……あの子は、引き際を見極められないほどバカじゃないもの)
すでにスタンリーの手を離したエレオノーラに、彼の生き方に口出しをする権利はない。
ただ、生きていてほしい。
叶うことなら、どうか幸せに。
そう願うことくらいは、許されてもいいはずだ。
スタンリーはエレオノーラにとって、たったひとつの生きる理由なのだから。
