追放令嬢、隣国の王太子と異世界ウエディング事業を始めます!

 さわやかな朝霧が、教会の尖塔(せんとう)を包み込んでいる。堂内の中庭を囲う石造りの回廊。そこには、赤や青、緑、黄といった色とりどりのドレスを身に纏(まと)った令嬢たちの姿。
 その一角で、深青色のベルベッドのドレスを着た侯爵令嬢アンネリーゼは、周囲の華やかな雰囲気を楽しんでいた。

(……どの世界においても、結婚式は素敵よね)

 招待客の浮足立った雰囲気。祝いごとのパーティらしいおめでたい空気。この場にいるだけで幸せな気分になる。
 アンネリーゼは目を細めて微笑んだ。

(やっぱり結婚式が好き。前世でウエディングプランナーをやっていたからかな)

 アンネリーゼには前世の記憶があった。自分は前世、早瀬千沙(はやせちさ)という名だった。日本という国で生まれ、結婚式の企画や運営をプロデュースする職に就いていた。
 もともとイベントごとを企画することが好きだった。そして、結婚式という新郎新婦にとって一生に一度の大切な日のお手伝いをして、新郎新婦はもちろん、招待客の喜ぶ顔を見ることが好きだったのだ。それが仕事の原動力であり、やりがいだった。
 けれど、日々の膨大な仕事に忙殺されるあまり、生来の一生懸命な性格が災いして頑張りすぎてしまった。ある日、もうすぐ担当する結婚式を迎えるための準備に追われて早起きしたところ――突然胸が苦しくなって昏倒。そのまま生涯を終えたのだ。

(そうして気づいてみたら、この異世界の侯爵令嬢アンネリーゼ・フォン・エルディナに生まれ変わっていたんだよね)

 前世の世界とは違う異世界の人間に生まれ変わった――異世界に転生したのだ。おそらく珍しいことに、前世の記憶を持ったまま。
 アンネリーゼは、ここグランディール王国の侯爵家の令嬢だ。今年で齢二十二歳になる。ゆるく波打った亜麻色の髪、くるりと丸い菫色(すみれいろ)の瞳。自分で言うのもなんだけれど、可憐な容姿であると思う。加えて侯爵令嬢という申し分のない肩書き。ずいぶんと恵まれた人物に転生したと思う。なにか意図があるのではないかと勘繰(かんぐ)るくらいに。
 それを裏づける能力として、自分には生まれた時から聖獣がついていた。主人を生涯守護するという強力な力を持った神の遣い。一角獣のユニコーンだ。前世ウエディングプランナーだったことを考えると、結婚式を祝福する者の象徴としてユニコーンが選ばれたのかもしれない。聖獣を従える者はごくわずかで、この国に安寧と繁栄をもたらす者として重用されていた。
 回廊の柱の陰に身をひそめていたことに気づかれたらしい。数人の令嬢がアンネリーゼを取り巻いた。

「アンネリーゼ様、ごきげんよう。まあ、なんて素敵なドレスなのでしょう」
「ありがとうございます。皆様のお召し物もよくお似合いですわ」
「まあ! ありがとうございます。本日の佳(よ)き日を皆様と迎えられて幸せですわ」

 令嬢たちは、口元に羽扇を当てて優雅に笑う。
 本日は、グランディール王国伯爵令嬢の結婚の儀だ。家同士のつながりのある貴族の招待客が場に集っている。
 教会での誓約の後は祝宴が控えている。少しでも家柄のよい令息を捕まえようとする令嬢たちの戦場でもあった。

「お集まりの皆様。新郎新婦の儀式の準備が整いました。礼拝堂へお越しください」

 伯爵家の執事の声かけがあり、アンネリーゼは他の令嬢たちと共に堂内に足を踏み入れる。石造りの回廊には、青色を基調としたリボンが幾重にも掛けられ、純白の百合が飾られている。午後の西日を受けて、ステンドグラスの色彩が堂内を鮮やかに彩っていた。厳かな雰囲気の中、招待客たちは順に木製の長椅子に腰かける。
 アンネリーゼも、自分に宛(あて)がわれている席に腰を下ろした。侯爵家の令嬢の席は新婦側の前列だ。新婦のドレス姿がよく見えてありがたい。

(やはり、結婚式の楽しみの一つは新婦のドレス姿よね)

 布地の色はもちろんのこと、デザインはどういったものだろう――アンネリーゼは口元に羽扇を当て、新郎新婦の入場を今か今かと待ちかねていた時だった。

「――華やかな席に不躾で申し訳ない。ここにアンネリーゼ・フォン・エルディナ侯爵令嬢はいるか!」
「……? わたくしならここにおりますが」

 入退場口の観音開きの扉が大きな音を立てて開かれる。そこに姿を現したのは、アンネリーゼが待ち望んでいた新郎新婦ではなかった。自分の婚約者であるこの国の第一王子――ルシアード・フォン・グランディールであった。
 アンネリーゼは立ち上がり、ルシアードにドレスを持ち上げて挨拶をする。

「殿下。そのように声を荒げられていかがなさったのですか。殿下もご存知とは思いますが、ここは神聖な礼拝堂でございます。静かに祈りを捧げるべき場所ではないかと」
「そのようなことはわかっている。それよりもアンネ、僕はおまえに言い渡しに来たのだ」
「どのようなことを……でございますか?」
「アンネリーゼ・フォン・エルディナ侯爵令嬢。僕は、貴女との婚約破棄を申し入れる」

 え――……?
 華やかに響き渡っていたはずの鐘の音。アンネリーゼには、その響きが酷く遠くに聞こえるようだった。


 ***


「婚約破棄、でございますか……?」
「そうだ。身に覚えがあるだろう」

 ルシアードは自信満々に胸を張っている。堂内の招待客たちは、突然のスキャンダルに言葉を失っている。ルシアードとの動向を見守るばかりだ。
 アンネリーゼは内心ため息をついた。このめでたい日に、なぜこのような無粋な真似をするのか。そもそも、婚約者に婚約破棄を申し入れられるような謂(いわ)れはなかった。身に覚えなどあるはずもない。
 アンネリーゼは気丈に口もとに扇を当てる。

「わたくしには殿下のおっしゃられている意味がわかりかねます。このような祝いの場で、正式な段階を踏むことなく不意打ちで婚約破棄を申し入れられるなど、いささか常識を欠いていらっしゃるのではありませんか?」
「常識を欠いているのはおまえのほうだ、アンネ。僕は昨日、おまえの妹から密告を受けたのだ。曰(いわ)く、おまえが聖獣の力を国のためではなく、己の領地のためだけに使っていると」
「…………は?」

 思わず不敬にあたる反応をしてしまった。
 豊穣の力を持つ一角獣は、作物を豊作にする祝福を施すことができる。その恩恵もあって、王国は凶作に見舞われることなく、飢餓になることもなく、豊かな平和を保ってきた。もちろん、アンネリーゼがユニコーンの祝福の力を家の領地のためだけに用いたことはない。まったくのでたらめだ。それは、この国が豊かであることが証明しているではないか。

(……しかも、殿下にそのような嘘を吹き込んだのは妹?)

 アンネリーゼの妹セレスティアは、自分より二つ下の二十歳だ。外見は花のように愛らしいのだが、性格に少々難があった。ワガママで傲慢なところがあるのだ。姉が聖獣の加護を受けたことに比べ、セレスティアはその加護を得られなかった。聖獣を従えることが稀なのだから、致し方のないことなのだ。けれども、アンネリーゼは聖獣の加護を得ているおかげで幼少期からなにかと重宝され、政略とはいえ殿下の婚約者に選ばれるに至った。それが原因で妹が不遇な扱いを受けることはなかったけれど――それでも妹にとっては、姉は気に喰わない存在だったのかもしれない。

(そもそも、セレスは小さいころから殿下のことが好きだったから……)

 王家と侯爵家はつながりが強く、アンネリーゼとルシアードとセレスティアは幼いころからよく一緒に学んだり遊んだりすることが多かった。セレスティアは、外見もよく身分も高いルシアードに自然と憧れていったのだと思う。
 けれどもルシアードの婚約者に選ばれたのは、己ではなく姉のアンネリーゼだった。セレスティアはきっと、自分の欲しいものはすべて姉に奪われてしまうと、きっと姉の陰で生きていくことしかできないのだと思い込んでしまったのかもしれない。特に自意識の高い妹なら尚更。
 そういった背景があり、姉妹仲は決してよくはなかった。自分は妹を大切にしてきたつもりだったけれど、彼女にとっては邪魔者でしかなかったのだ。

(だから、殿下にあることないことを吹き込んだのね。わたしを陥れるために)

 ……なんとなく状況が呑み込めてきた。それを裏づけるように、礼拝堂の出入り口にこれ見よがしにセレスティアが姿を現した。髪は亜麻色でアンネリーゼと同じ。けれども、妹の髪は背に流れるようなストレートだ。瞳の色は愛らしい薄桃色。
 アンネリーゼと目が合うと、妹は桜色の唇を意地悪く持ち上げた。同情を買うようにルシアードの隣に寄り添う。

「ルシアード様……! わたくしのことを信じてくださってありがとうございます!」
「セレス! もちろんだ! 僕が君のことを信じないわけがないだろう」

 妹はうっとりとルシアードを見上げている。彼もまた、妹の猫なで声に手玉に取られているようだ。

(……これは、ルシアード様とセレスは完全に恋人関係にありそう)

 自分の知らない間に、二人は逢瀬でも重ねていたのだろう。

(いずれ国王になられるルシアード様の妻として、国の繁栄のために役に立とうと思っていたけれど――)

 思い違いであった。馬鹿正直にルシアードのことを信じていた己が情けなくなる。