恋煩いの処方箋


「ありがとう、いっぱいたべてね! さー、ママもたくさん食べるぞ!」
 涙が溢れないように、おにぎりを頬張る。少ししょっぱいのは塩をかけ過ぎたせいかも知れない。
食後は波打ち際で遊んだ。大和と和花ははしゃぎ過ぎて膝まで海水に浸かってしまう。和花の着替えは持ってきたけれど、さすがに大和の分はない。
「もー、ふたりともなにしてるの! びしょ濡れになったら車に乗れないよ」
 レジャーシートに座って高みの見物をしていた私をふたりが呼びにくる。手を握られて波打ち際まで連れてこられる。波から逃げようとすると大和が捕まえる。白い波が足にかかる。
「こらー、大和!」
「やっべ、逃げるぞのんちゃん!」
 和花を抱っこして大和は波打ち際を走る。私はふたりを追いかける。全速力で。
なぜ、楽しい時間ほど過ぎるのが早いんだろう。海で遊んでから近くのお魚市場に寄って、干物をいくつか買った。それから車に乗って高速道路に乗る。道はスムーズに流れている。きっとあっという間に家に着いてしまうだろう。
疲れているはずの和花も残りの時間を惜しむように大和としりとりをしたり、歌を歌ったりしている。とても楽しそうで、だから余計に名残惜しくなる。
 途中のサービスエリアでトイレ休憩をして、飲み物を買った。大和と私はコーヒーを、和花はソフトクリームを。外のテーブルに三人で座る。
「ここから後どれくらい?」
「渋滞にハマらなければ二時間くらいかな」
 私たちの会話を聞いていた和花はソフトクリームを握りしめたまま言う。
「……のんはまだ帰りたくない」
 私も同じ気持だ。でもこんな時、母親としてなんと言うのが正解なのだろう。娘の気持ちを代弁する事もできず、大人の都合を持ち出す。
「でもね、のん。明日は保育園だから早く帰らないといけないよ。先生もママもお仕事があるしね」
 そう言うと、ムスッとしたまま黙りを決め込む。葛藤が見て取れた。彼女はただ、今日という日が終わってしまうのが、大和と別れるのが怖いのだ。
「こんどまたこような」
 大和は言うと和花は間髪入れずに聞き返す。
「こんどっていつ? つぎの日曜日?」
「つぎ、は難しいかなぁ。でもお休みの日は……いや、仕事が早く終わった日はのんちゃんに会いに行っていい?」
「うん、いいよ」
「ありがとう、のんちゃん。それでね……」
 そう言いかけて大和はこちらを見て、私はゆっくりと頷く。
「先生が和花ちゃんのお父さんになってもいいかな?」
突然の提案に和花はパチパチと瞬いて私を見る。ママ聞いた?と言わんばかりに。それからまた大和を見て、「先生がのんのパパになるの?」と聞き返す。
「うん、ダメかな?」
「ダメじゃない! いいよ! だってのん、先生好きだもん。ママも好きでしょ?」
 いきなりのキラーパスに戸惑いながらも「好きだよ」と答える。ずっと好きだった。ずっとずっと好きでいた。この気持ちは永遠に変わることはない。
「よかった。ありがとう、のんちゃん。亜子も……これからもよろしくおねがいします」
大和の目が潤んでいて、私まで泣いてしまいそうになる。だけど、和花のソフトクリームがダラダラと垂れていたのでそれどころではなくなってしまった。
本日二度目の着替えをして、車に乗り込む。走り出してすぐ、和花は眠ってしまった。
「のんちゃん、寝ちゃったね」
ルームミラー越しに大和が言う。
「うん。本当はねずっと眠かったんだよね、この子。でも大和と別れるのが嫌でずっとはしゃいでて……これから一緒にいられるって分かって安心したんじゃないかな」
「そうか。じゃあ亜子も眠くなったんじゃない?」
 冗談混じりにそう言われて、でも私も和花と同じ気持ちだったからホッとしたのは事実だ。これから私たちは本当の意味での家族になる。
「寝てもいいよ」
「寝ないよ! 大和が運転してくれてるのに寝れない!」
 それに、ふたりで話がしたかった。今日とのこと、和花のこと、そしてこれからのことを。