恋煩いの処方箋


 閑散とした駅の構内で電光掲示板を見上げると運休の赤い文字が滲んで見える。地元で開催された二十歳の集に参加するために帰省していた彼は突然の運休に東京へ帰る手立てを失った。仕方なくふたりで車に戻ってくると、雪の重みで車のワイパーがぎしぎしと音を立てている。
「こんなことならクラス会、途中で抜ければよかったよ」
 地元を離れた友人も多ことから担任の先生を招待したクラス会。久しぶりの再会にみんなで盛り上がり、今頃は二次会の最中だろう。東京へ向かう特急列車の最終便に間に合うように私の車に乗って会場を出てきたのに、まさか運休しているなんて。
「しっかし、困ったなぁ……」
 大学進学を機に、家族そろって東京へ引っ越してしまったから元の家はもう他人の住まいになってしまっている。この辺りは温泉旅館が多いけれど、この時期は予約すら困難だ。案の定、スマホで宿を検索していた彼は小さく嘆息する。
「どこも空いてないかぁ」
県庁所在地のある市まで行けば泊まれるビジネスホテルはあるだろう。でも、雪の降りしきる中、五十分以上運転するのはだいぶ勇気がいる。もし、事故でも起こしたら彼の未来を奪ってしまうことになる。それだけは避けたい。
「うちに、くる?」
 悩んだ末の提案だった。困っている彼を助けたい気という思いの中に邪な気持ちがイチミリもないわけではない。私はもの心ついたころから彼のことが好きだった。家の隣にあった三代続く医院の次男で、運動も勉強もよくできて優しくて。困っている人を助けたいからと幼いころから医師の道を志していて。そんな彼を私は心の底から尊敬していた。
「……いいのか?」
「うん、アパート狭いけど」
 高校卒業後、市役所の職員となった私は社会人二年目。二十歳の誕生日を機に、念願のひと人暮らしを始めていた。両親は寂しがっているけれど。
「ごめんな」
 申し訳なさそうに彼は言う。
「ううんぜんぜん。大和(やまと)がよければ、どうぞ」
 彼がうなずくのを待って私は車を発進させる。途中でコンビニに寄ると彼は大きなレジ袋二個を持って戻ってくる。
「いっぱい買ったね」
「な、買いすぎだよな。替えの下着と歯ブラシだろ、あと酒とつまみと明日の朝飯。それと亜子(あこ)の好きなシュークリーム」
「ダブルクリーム?」
「もちろん」
「やった!」
 いつか話したことを覚えていてくれてうれしい。喜ぶ私を見て彼は白い歯を見せて得意げにニカッと笑う。見慣れた幼馴染の顔に戻ってホッとした。地元組とは明らかに違ういわゆる“都会の大学生”の雰囲気に少し気後れしていたから。
「着いたよ、降りて」
 駐車場に車を止めエンジンを切る。くるぶしまで埋まりながら慎重に歩いて玄関のドアを開けた。
「どうぞ」
「おじゃまします」
 大和は大きな袋を置き、革靴のひもを緩める。高級そうな革靴は雪で濡れている。
「これ使って。革靴、濡れたままにすると痛んじゃうから」
 靴のメンテナンス用にストックしている布の端切れ。大和は驚きながら受け取る。
「あ、ありがと」
「貧乏くさくてごめんね」
「いや、そうじゃなくて。大人だなって思ってさ。社会人てやっぱスゲーな」
 褒められて、どう反応すればいいのか迷う。とりあえず「ありがと」とお礼を言っておく。私はエナメルのメリージェーンの雪を払うと布で乾拭きする。
玄関を入ってすぐ階段があるタイプの二階建てアパート。1LDK共益費込みの六万円。最低限の家具家電を配置しただけのシンプルな部屋。入るとすぐ、電気をつけてヒーターとコタツの電源を入れる。
「お、コタツあるんだ」
 嬉しそうに大和は足を突っ込む。小さいころ、私の家の掘りごたつが気に入ってもぐり込んでいたのを思い出す。大和の家は洋風のインテリアだったから珍しかったのだろう。
「なあ、亜子。明日は仕事?」
「ううん、お休みだよ」
 地元の役場ということもあり、二十歳の集いに参加する職員はみな翌日も休みにしてくれている。
「じゃあ、二次会すっか!」
 大和はコンビニの袋からスナック菓子やつまみの総菜やお酒の缶を出して並べる。冷蔵品やシュークリームは受け取って私が冷蔵庫へしまう。
「亜子はどれ飲む? 一応、甘いのも買っておいた」
 女子が好みそうなかわいいデザイン缶。実のところ甘いお酒はそれほど得意ではない。
「とりあえずビールで」
 大和は、「おう」といって黒い星の缶ビールを開けてくれる。車だったからクラス会でもソフトドリンクだけだった。乾杯して一口飲む。
「うまっ~」
 大和の視線を感じて私は手を止めた。
「ん、なぁに?」
「いや。亜子が酒飲んでるの、……なんか違和感」
「私だってお酒くらい飲むよ。大和だって飲むでしょ? 毎晩女の子と飲み会したりしてるんじゃない?」
「まあね。誘われることは多いかな……」
 そこは否定して欲しかった。医大生は他の大学の女子からも人気でよく誘われると聞いたことがある。大和ならすぐ人気者になってしまうだろう。彼女だってすぐにできる。いや、もういるのかもしれないけれど。
「だからって遊んでばかりいるわけじゃないぞ」
「分かってるよ。大和は大先生(おおせんせい)みたいなお医者さんになるのが夢なんだよね」