忍者なんだから忍んでください



 庭で、月をぼんやりと見ていた。そのまま瞬きをした瞬間、知らない場所にポツンと立っていた。

 「なんて、そんな非現実的なことある訳ないと思っていたのに...」

 初めまして、望月琴葉(もちづきことは)です。腰までの黒髪に、ぱちりとした目。どこにでもいるような、普通の女の子。
 しかし今、明らかに普通ではないことが起こっている。

(寝る前、月でも見ようかと外に出たのが行けなかったのかな...)

 右見れば森。左見れば川。上を見れば満点の星空。
 そして、先程見ていた月と同じ形で同じ大きさの、まぁるいお月様。
 何なのだろう、この状況は。いや、夢だとは思うけど...随分リアルな夢だなぁ。というか風冷たっ。
 月明かりに照らされているから、周りは見えるけど。

 「...暗い森に一人きりって、ちょっと怖いや」

 とことこ足を進めれば、明るい光と共に、賑やかな話し声が聞こえてきた。

 「もしかして、どこかの村...町?に、これたのかな.......っえ!?」

 右を見ても左を見ても、視界、音、匂い、体の全身で感じることができる...「和」!!!
 道行く人は全員着物を着ていて、野菜を運んだり、話し合っていたり...とにかく、凄く和風を感じる。

 「わ〜すごい!!江戸村かな?もうちょい古い?」

 私はドキドキする胸を抑えて、整備されてある道に一歩踏み出した...と思ったら、ゴチン!

 「いてーっ!!」
 「あだっ」

 偶々そこを歩いていた同い年くらいの男の子と、額をぶつけ合ってしまった。

 「どっこ見てんだお前!!危ないだ...ろ...?」

 「わーごめんなさい!初めて見る歴史的な街並みにはしゃいでて...!」

 ヒリヒリするおでこを手で押えながら、ペコペコとお辞儀をした私。
 先程から固まっている男の子。

 「あの...?」

 首を傾げていたら突然手を両手で掴まれた。
 それに驚いた私は、ビクッと肩を揺らす。

 「え、えっと...俺の...俺の...」

 その男の子は地面を見て少し考え込んだ後、決心したかのように顔を上げた。

 「俺の夫婦になってください!」

 響き渡った声に、一瞬辺りがシンとする。が、すぐに人の話し合いの声が聞こえてきた。
 いや、ちょっとまって、今、なんて言われた...?
 夫婦...めおと...メオト...?メオト...!?

 「め、め、夫婦ぉぉぉ!?!?」
 「うん、夫婦」

 サラッと答えた男の子に、一瞬倒れそうになってしまった。

 「あ、あの、あの、夫婦って、あれですよね。あの、行ってきますのちゅーとかおかえりのちゅーとかをするあれですよね」
 「例えが可愛い。あ、うんそれだな」

 ...なんて、言葉にすればいいんだろう。
 青天の霹靂?藪から棒?とりあえず、私に普通じゃないことが起きているのはわかった。

 「な、なんで私なんですか...?」
 「なんでって言われても...んー、なんかこう、目が会った瞬間、ビビッときたっていうか...」

 私は、へにゃりとその場に座り込んでしまった。道の端っこだったのが、不幸中の幸い。

 「お前いくつ?名前は?どこの家の娘?というかその格好...南蛮の服?え、お前南蛮人?でも顔立ちは...いや、え、うーん...」
 「...年は、12で...望月琴葉(もちづきことは)って言います。えっと、これはパジャマ...寝巻き?で...」

 とりあえず聞かれたことを答えていく。ここは明らかに令和ではなさそうなため、パジャマは寝巻きに言い換えておいた。

 「同い年かぁ。名前、可愛いな」
 「えっ、あ、ありがとうございます」

 シンプルに嬉しい。お世辞だとは思うけど、名前を褒められたの、凄く久しぶりだったから。

 「...あの、つかぬ事をお聞きしますが...」
 「おー!なんでも聞け聞け」

 目の前でニコニコ笑っている男の子をチラリと見てみる。
 よく見れば...ううん、一目見ただけで、すごく整った顔立ちをしている事が分かる。
 くせっ毛感がある紺色の髪の毛は、後ろで一つ結びにされていて、月明かりに照らされる度、キラキラと輝いている。

 (私今、この人に求婚されたんだ...)

 その事実に、少し顔を赤くしてしまう。
 しかし、私はそんな頭をフルフルと横に振って、余計な邪念を払った。

 「えっと...今は、西暦何年ですか...?」
 「.....せい、れき...........?」
 「ん゛ん゛...あー、江戸って分かりますか?」
 「.....えど...?」

 なるほど、少なくとも江戸より前の時代らしい。

 「そ、それじゃあ、平安って分かりますか?」
 「あー、和歌が人気だったよな」

 平安が分かるということは、今は、鎌倉時代か、室町時代か、戦国時代か、えっと、安土桃山時代...?
 
 「...よく分かんねぇけどさ、今は乱世だぜ?戦国の世」

 戦国時代でした。
 よりにもよって、一番戦が絶えない時代にタイムスリップなんて...っ。
 まあ、夢だし、いっか...?死んだら目覚めたりするのかな。
 いや、でも、もしここが現実だったら...。

 「ひぇぇ...」

 考えるだけで寒気がしてしまう。

 「だ、大丈夫か?もしかして、寒い?」
 「い、いえ!そういう訳ではないです...」

 寒気はするけど、本当に寒いわけではない。
 私が今着ているパジャマ、内側はモコモコで凄くあったかいんだ。
 だから、今は寒くも暑くもなくて、丁度いい。

 「...あ、あの、この近くに...旅籠屋(はたごや)?という場所って、ありませんか?」

 旅籠屋(はたごや)は、宿やホテルのような場所。確か、一定のお金を払ったら、泊めてくれるんだったよね?
 場所によっては、食事の提供もしてくれたはず。今はお腹すいていないけど。

 「えぇ~あったかなぁ.....あったにしても、琴葉(ことは)ちゃんって御銭(おあし)もってるの?」

 御銭は、昔で言うお金...だよね。

 「...持ってないです」
 「やっぱり。というか、家に帰ればいいんじゃねーの?」
 「やー、はは」

 視線をずらして黙り込んだ私を見て、男の子は神妙な面持ちになった。

 「訳ありってことか。じゃあ、俺ん家来る?」


 「...へ!?」


 思わず声を出してしまったけど、いや、不可抗力!