馬がゆっくりと歩き出すと、強く手綱を握り締めた。

……気にするな。

心の中でその言葉だけを繰り返す。

……気にするな。

《誰にも心を許してはならない。愛や優しさなど……所詮幻想に過ぎぬ》

父の言葉が蘇り、それは俺の心をざわめかせる。

……気にするな。

涙など忘れてしまった。

母が死んだ時でさえ、涙が湧き出てくる事は無かったのだから。

(貴方……いつも泣きそうな顔をしている)

「……っ」

気が付くと……来た道を急いで戻っていた。

……なぜ戻ったのかは分からない。

馬を走らせ泉のまで戻ると、そこにまだあの女は立っていた。

険しい顔をしたまま目の前に現れた俺の姿に、女は驚いた様に固まり、瞼をパチパチと瞬かせている。




「……ジルだ」

そう小さく名前を告げると、女は嬉しそうに笑った。