兵士は激しい風に押されながらもフラフラと進み、そして目的だったらしい小屋へと入って行く。
……馬……小屋?
兵士に担がれたまま小屋に入ると、何度か嗅いだ事のある独特の匂いがした。
すると霞みゆく視界の中、他の馬とは比較にならない程に美しい白い馬が目に留まる。
「……無事だった様だな……相棒」
そう言って兵士は血で汚れた手で優しく馬を撫でると、柱に括り付けられている革の手綱を解き、その馬を外へと引いていく。
またしても吹きすさぶ強い風に煽られたその次の瞬間、体が宙に浮く様な感覚がしたかと思うと、不安そうに嘶く馬の背に乗せられていた。
白い馬の鬣(たてがみ)が俺の頬を撫で、その温もりに少しだけ安心する。
「……よし、行くぞ」
そう言って兵士が馬に跨ろうと手綱に手をかけたその時だった。
後ろから不気味で……とても嫌な気配を感じた。
そっと目を開くと……雷鳴の轟く闇の中に《赤い瞳》が妖しく光っているのが見えた。
……残酷な殺戮者。
「……まだ……いたのかよ」
兵士はヤレヤレと呆れた様に溜息を吐くと、持っていた短剣を鞘ごと馬の鞍にねじ込んだ。
「……この方を死なせるわけにはいかない。この方は俺達に残された……唯一の希望だ」
そう言って兵士は優しく微笑みもう一度馬の頭を撫でると、もう一本の剣を鞘から抜き、残酷な殺戮者に向かって構えた。
……やめてくれ。
……俺なんか守らないでくれ。
……俺にはそんな価値なんて無いんだ。
しかしその声は……兵士には届かない。
激しい嵐の中、雷鳴が轟くと同時に、《殺戮者》が《獲物》を狩るために動き出す。
「……後は頼んだぜ?相棒!!」
兵士はそう叫ぶと、今にも倒れそうな傷だらけの体で殺戮者に向かっていく。
相棒と呼ばれた白い馬は兵士に向かって大きく嘶くと、兵士をその場に残し嵐の中を走り出した。