恋愛百景

第1話「あの日の記憶」

私は母と二人で暮らしていた。

小学生の頃、父と母は離婚した。
原因は父の暴力だった。

仕事から帰ると、父は母に怒鳴り散らした。
理由なんて、いつも分からなかった。
ただ機嫌が悪いだけで、家の空気は一瞬で変わった。

食器が割れる音。
押し殺した母の声。
そして——私に向けられる視線。

怖かった。

何度も、布団の中で耳を塞いだ。
聞こえないふりをした。
でも、それでも全部聞こえてきた。

(助けて)

心の中で何度も叫んだ。

でも、誰も助けてくれなかった。

気づけば、男性という存在そのものが怖くなっていた。
優しい人もいるはずなのに、どうしても信じることができなかった。

二十一歳になった今でも、それは変わらない。

母はよく言っていた。

「私のことは気にしなくていいから、陽菜は早く良い人を見つけなさい」

その言葉を聞くたびに、少しだけ胸が痛くなった。

(無理だよ)

そう思っていた。

誰かと一緒にいる未来なんて、想像もできなかった。