エピローグ「いつもの特別」
教室の後ろで、女子たちが宏太を囲んでいる。
「森山くんって彼女いないの?」
「いないよ」
軽い返事。
「じゃあチャンスじゃん!」
笑い声が広がる。
(はいはい、いつものやつ)
そう思うのに——
(なんでちょっと嫌なんだろ)
胸の奥が、少しざわつく。
そのとき、
「でもさ」
宏太が少しだけ声を落とした。
「気になってるやつはいる」
空気が変わる。
「え、誰!?」
一斉に声が上がる。
私は思わず顔を上げる。
宏太は少しだけ笑って、
「そのうち分かるって」
そう言った。
一瞬だけ、目が合う。
(……気のせい、だよね)
⸻
放課後。
「陽子、帰るぞ」
いつも通りの声。
「うん」
並んで歩く帰り道。
「ねえ、宏太」
「ん?」
「気になってる人って、誰なの?」
できるだけ軽く聞く。
宏太は少しだけ考えてから、
「ヒントやる」
そう言った。
「毎日、一緒に帰ってるやつ」
一瞬、思考が止まる。
(……え?)
顔を上げると、目が合う。
冗談じゃない顔。
「分かった?」
(いや無理無理無理)
「それって……」
言葉が出てこない。
宏太は少しだけ笑う。
「分かってるくせに」
(ずるい……)
「陽子」
名前を呼ばれる。
「ずっと前からだから」
その一言で、全部つながる。
(ああ、そっか)
「……気づくの遅いよ」
気づけば、そう言っていた。
「怒ってる?」
「怒ってないし」
少しだけ笑う。
「じゃあ、どうすんの」
宏太がまっすぐ聞く。
私は少し考えて、
「……これからも、一緒に帰る?」
そう言った。
宏太は一瞬驚いて、
「それ、告白?」
「違うし!」
思わず否定する。
宏太は笑って、歩き出す。
「ちょっと待って!」
追いかけて、隣に並ぶ。
少しだけ勇気を出して、
「……宏太がいい」
そう言うと、
宏太は小さく笑った。
「知ってる」
夕焼けの帰り道。
いつもと同じはずなのに、
今日は少しだけ違って見える。
(これ、特別なんだ)
そう思いながら、私は隣を歩いた。
