恋愛百景


エピローグ

あの再会から、季節が一つ巡った。

春の風は、あの頃と同じように柔らかく街を包み込んでいる。けれど、隣にいる人との関係は、もうあの頃とは違っていた。

「遅いな、星矢」

待ち合わせ場所で腕時計を見ながらそう呟くと、少し息を切らした星矢が駆け寄ってきた。

「ごめん、仕事が長引いて」

「もう、ちゃんと連絡してよね」

少しだけ拗ねたように言うと、星矢は苦笑いを浮かべる。

「はいはい。でも、ちゃんと来ただろ?」

「…まあね」

そんな何気ないやり取りが、どこか懐かしくて、そして嬉しかった。

昔と違うのは、言葉を飲み込まないことだった。

寂しいときは寂しいと言う。会いたいときは会いたいと伝える。当たり前のことを、ちゃんと大切にするようになった。

あの頃の私たちは、それができなかった。

「昭恵、今日どこ行く?」

「この前話してたカフェ、行ってみない?」

「いいね」

自然に手を繋ぐ。その仕草にも、もう迷いはなかった。

街を歩きながら、ふと隣を見る。少し大人びた横顔。でも、時折見せる無邪気な笑い方は、あの頃と何も変わらない。

「ねえ、星矢」

「ん?」

「もしさ、あのとき別れずにそのままだったら、どうなってたと思う?」

何気なく聞いたつもりだった。

星矢は少し考えてから、ゆっくりと答える。

「たぶん…うまくいってなかったと思う」

その言葉に、少しだけ驚く。

「え、そうなの?」

「うん。あのときの俺たち、ちゃんと向き合えてなかったし」

そう言ってから、星矢は優しく続けた。

「でも今なら、大丈夫だと思う」

その言葉は、不思議とすんなり胸に落ちた。

遠回りをした時間も、すれ違った日々も、全部無駄じゃなかったと思える。

むしろ、それがあったからこそ、今こうして隣にいられるのかもしれない。

カフェに入り、向かい合って座る。何気ない会話をしながら、ふと笑い合う。

その瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなる。

あの頃感じていた“好き”とは少し違う。

もっと静かで、でも確かなもの。

「星矢」

名前を呼ぶと、彼はすぐに顔を上げる。

「なに?」

「…好きだよ」

少しだけ照れながら言うと、星矢は一瞬驚いたあと、ふっと笑った。

「俺も」

短い言葉。でも、それだけで十分だった。

もう、すれ違わない。

そう思えるだけの時間を、私たちはちゃんと重ねてきた。

窓の外には、春の光が広がっている。

あの日と同じようで、でも確実に違う景色。

一度終わったはずの物語は、形を変えて、また動き出した。

そして今度こそ――

ゆっくりと、確かな歩幅で、未来へと続いていく。