恋愛百景


第4話「邂逅の余韻」

星矢と再会してから、何度か食事に行くようになった。

最初は本当に軽い気持ちだった。ただの偶然の延長線のようなもの。昔付き合っていたことすら、どこか遠い出来事のように感じていた。

仕事終わりに待ち合わせて、近くの店でご飯を食べる。他愛もない話をして、笑って、時間になればそれぞれの帰り道へ戻っていく。

その距離感が、心地よかった。

「昭恵、社会人になってから変わったよな」

ある日、星矢がふとそんなことを言った。

「そうかな?」

「うん。なんか、ちゃんとしてるっていうか」

少しだけ照れくさくなって、視線を逸らす。

「星矢もだよ。前より落ち着いた」

そう返すと、星矢は小さく笑った。

昔みたいな関係ではない。でも、他人とも違う。

その曖昧な距離が、少しずつ当たり前になっていった。

帰り道、一緒に歩きながら、ふと気づく。

隣に星矢がいることに、どこか安心している自分がいることに。

でも、それ以上の感情は――まだ、なかった。

ある日、仕事で少し落ち込んでいた帰り道。いつもより言葉が少なくなっていた私に、星矢が気づいた。

「なんかあった?」

優しく聞かれて、少しだけ迷う。

「…ちょっと、仕事でミスして」

言葉にすると、胸の奥に溜まっていたものが少しだけ軽くなる。

星矢は特別なことは言わなかった。ただ、「そっか」と頷いて、隣を歩き続けてくれた。

その沈黙が、妙に心地よかった。

無理に励ますわけでもなく、踏み込みすぎるわけでもない。その距離感に、昔の記憶がふっと重なる。

「ありがとう」

小さくそう言うと、星矢は少し驚いたようにこちらを見た。

「別に、何もしてないけど」

「うん。でも、それでいい」

自然に出た言葉だった。

その瞬間、ほんの少しだけ胸が揺れる。

懐かしさとは違う、でもまだはっきりとは言えない感情。

きっとそれは、まだ名前のついていない想いだった。

帰り道、別れ際に手を振る。

「またな」

「うん、またね」

そのやり取りが、どこか嬉しく感じている自分に気づきながら、私はゆっくりと歩き出した。

まだ、戻るつもりなんてなかった。

けれど確かに、あの頃とは違う何かが、静かに動き始めていた。