恋愛百景

第3話「片思いの帰り道」

放課後の教室は、すでに人の気配が薄くなっていた。夕日だけが机の上に長く伸びている。

亮太はカバンを肩にかけたまま、しばらく動けなかった。

柚木は、もういない。

いつもなら一緒に帰る時間が、今日は最初から空白になっている。

(別に珍しいことじゃない)

そう思おうとするのに、胸の奥が落ち着かない。

亮太はゆっくりと教室を出た。

廊下は静かで、窓の外の空だけがやけに明るい。

いつもの帰り道に出ると、夕焼けが長く道を染めていた。

その道を一人で歩くのは、妙に久しぶりな気がした。

柚木と並んで歩くときは、何も考えなくてよかった。

くだらない話をして、笑って、それで終わる。

それが“普通”だったはずだ。

でも今日は、その普通がない。

ポケットのスマホが小さく振動する。

画面を見ると、柚木からのメッセージ。

『先に帰ってるね』

たったそれだけの一言。

いつもなら気にしないはずの言葉なのに、指がそこで止まる。

亮太は画面を見つめたまま、小さく息を吐いた。

(なんで、こんなに静かなんだよ)

怒っているわけでもない。

嫌われたわけでもない。

ただ、少しだけ置いていかれた気がした。

夕焼けの帰り道は、いつもより長く感じる。

亮太は無意識に、柚木の歩幅を思い出していた。

隣にいないだけで、世界の音が少し変わる。

——片思いは、まだ形にならないまま、静かに揺れていた。