恋愛百景

第2話「片想いの距離」

放課後の教室は、夕日だけが静かに残っていた。窓際の机がオレンジ色に染まり、昼間の喧騒が嘘みたいに消えている。

亮太はカバンを肩にかけながら、いつものように柚木を待っていた。

「ごめん、ちょっと先生に呼ばれてた」

柚木が小走りで戻ってくる。手にはプリントの束。いつも通り、少し慌ただしくて、でもどこか楽しそうだ。

「また課題増えてるし……この学校、イベントより課題の方が多くない?」

「それはお前がギリギリまでやらないからだろ」

「うるさいなぁ」

そんなやり取りをしながら、二人は教室を出ようとした。

そのときだった。

「柚木さん、ちょっといい?」

廊下の先から声がかかる。

振り向くと、クラスの男子が立っていた。背が高くて、運動部らしい雰囲気がある。

亮太はその瞬間、なんとなく嫌な予感がした。

男子は少し照れたように笑いながら続ける。

「この前の体育祭のリレー見ててさ。めっちゃかっこよかったって思って。よかったら今度、一緒に帰ったりとか……」

柚木は一瞬だけ目をぱちぱちさせたあと、すぐに笑った。

「いいよ!」

あまりにも自然で、軽くて、迷いのない返事だった。

亮太はその言葉を聞いた瞬間、頭の中が一瞬だけ止まる。

男子の方も「ほんとに?」と驚いた顔をして、それから嬉しそうに笑った。

「じゃあ明日とかどう?」

「明日ね、いいよー」

柚木はスマホをいじるような感覚で、何も特別じゃないみたいに返事をしていた。

亮太はその横顔を見ていた。

(え、普通に……行くんだ)

さっきまで自分と話していたときと同じ笑顔なのに、どこか違って見えた。

男子が去ったあと、廊下にはいつもの空気が戻る。

柚木は何事もなかったように歩き出した。

「びっくりしたね、急に」

「……そうだな」

亮太の声は少しだけ遅れて出た。

柚木は気づいていないのか、気にしていないのか、いつも通り軽い調子で話す。

「でもさ、ああいうのって断る理由ないしね。別に深い意味ないし」

その言葉が、亮太の胸の奥に少しだけ引っかかった。

“深い意味なんてない”

それは安心させる言葉のはずなのに、なぜか逆に遠ざかった気がした。

夕暮れの帰り道、柚木はいつも通り笑っている。

その隣で、亮太だけが少しだけ言葉を失っていた。

——当たり前だと思っていた距離が、少しずつ形を変えていく。

そんな気がしていた。