恋愛百景

第1話「いつもの朝」

朝。
玄関のドアを開けると、ひんやりした空気が流れ込んできた。

そのすぐ横、門柱にもたれるようにして、宏太が立っている。

片手でスマホをいじりながら、気だるそうに顔を上げた。

「遅い」

短く、それだけ。

「……まだ時間あるでしょ」

思わず声が小さくなる。

宏太は肩をすくめて、スマホをポケットにしまった。

「あるけど。どうせ一緒に行くだろ」

そう言って、当たり前みたいに隣に並ぶ。

(はい、出ました。幼なじみポジション)

約束なんてしていないのに、毎朝こうなる。
もはや習慣というか、仕様というか。

ほんと、意味が分からない。

「今日、テストだっけ」

歩きながら、宏太が前を向いたまま聞く。

「うん……英語」

「じゃあ陽子は余裕だな」

「え、なんで?」

思わず顔を上げてしまう。

宏太がちらっとこっちを見る。

「あれ、急に元気じゃん」

「……別に」

しまった、と思って視線を逸らす。

(やば、今の完全に素)

「真面目だし、ちゃんとやってるだろ」

さらっと言われて、胸の奥が少しだけざわつく。

なんでもない言葉のはずなのに、変に残る。

校門をくぐると、空気が変わる。

「宏太、おはよー!」

「昨日のさ、あれどうなったの?」

一瞬で囲まれる。明るい声、笑い声。

宏太は軽く手を上げて応えながら、自然に輪の中心に入っていく。

(はいはい、人気者タイム)

私は少し距離を取って、自分の席に向かう。

「……おはよう」

友達に小さく声をかけるのがやっと。

(ほんと、別世界なんだけど)

そう思っていたのに——

「陽子、プリントある?」

後ろから、普通に声が飛んでくる。

振り返ると、宏太が立っていた。

「え……あるけど」

「貸して」

手を差し出される。

周りの女子たちが一瞬だけこちらを見る。

(なんでこっち来るのよ……!)

「はい……」

プリントを渡すと、宏太は何も気にした様子もなく言った。

「サンキュ」

距離感だけが、昔のままだった。