無知な僕らと、正しすぎる彼女の命題。


「……勘違い?」

 亮が、拍子抜けしたような声を出す。

「ああ。あなたは、黒い髪と表彰状さえあれば、過去の負債が帳消しになるとでも思っているようですが」

 私は一歩、彼との距離を詰めた。

 かつて「狂犬」と呼ばれ、触れるものすべてを威嚇していた頃の彼なら、ここで怒鳴り散らしていたはずだ。けれど今の彼は、ただ困惑したように立ち尽くしている。その「善良な市民」のような振る舞いさえ、今の私には酷く滑稽に見えた。

「黒木くん。あなたが今日受け取ったその紙切れは、あなたの罪を洗う洗剤ではありません。ただの『これからは迷惑をかけない』という誓約書に過ぎない」

 廊下を通り過ぎる生徒たちが、遠巻きに私たちを伺っている。さっきまで彼を英雄のように扱っていた視線が、今は好奇の目に変わっている。

「あなたがボランティアで拾ったゴミの数と、あなたがこれまでに踏みにじってきた他人の尊厳。それを天秤にかけて、どちらが重いか、考えたことはありますか?」

「それは……、これから返していくつもりだよ。だから、更生したんだろ」

「違います」

 被せるように、私は言い切った。

「返していくのは、当たり前のことです。あなたは今、ようやくスタートラインという名の『ゼロ』に立った。それなのに、さも偉業を成し遂げたかのような顔で、周囲の賞賛を享受している。……それは、これまで一度も道を外さずに歩き続けてきた人たちに対する、最大の侮辱です」

 彼の顔から、血の気が引いていくのがわかった。

 期待に満ちていた瞳が、急激に色を失う。

「更生とは、褒められるためのイベントではありません。一生をかけて、自分が壊した世界のバランスを整え続ける苦行です。……その覚悟もないのに、私に『ちゃんとやってるだろ』なんて、二度と言わないでください。不愉快です」

 亮は、何も言い返さなかった。

 開こうとした口が、力なく閉じられる。周囲の喧騒が嘘のように遠のき、彼と私の間には、逃げ場のない沈黙だけが横たわっていた。

 私は、動かなくなった彼をそのままにして、背を向けた。
 
 これが、私という変人が、彼に与えられる唯一の「正しさ」なのだろう。