女神イリオネスのバイオリン

 奏でた曲は『家路へのアリア』でした。

 空があんず色に染まり始めると、弾いているイリオネスやアフディーも同じ色に染まります。

 世界が異色に染まると、荷車を引く二人の長く伸びる影を映し出し、その足取りには、一日の労働の重みが色濃く滲んでいました。

 その調べは感情を解放するものではなく、どこか懐かしく、そして胸の奥がキュッと締め付けられるような、独りきりで歩く道に灯る「家の明かり」を彷彿とさせる旋律。

 地上の人間だけでなく動物たちも、あんず色の空を振り返るように立ち止まります。

 アフディーは、その音色に息を呑みます。

 イリオネスの黄金の羽が夕陽を照り返し、彼女自身が小さな太陽のように染まり映し出していました。

 地上の二人が一歩、また一歩と土を踏みしめる、その「疲れ」と「歩幅」に寄り添うように、優しく、ゆったりと揺れていたのです。

 その調べに包まれた地上では、青年がふと足を止め、隣を歩く女性の顔を覗き込みました。

「……夕陽が、綺麗だね」 「ええ。……なんだか、ずっとこうして一緒に歩いていたい気分だわ」

 二人の手が、荷車の縁で重なります。

 それは北風のような衝撃ではなく、陽だまりのような静かな、けれど確かな「愛の芽生え」でした。

 地上の二人の行末(ゆくすえ)や、魔法で劇的に情景を変えることなど、アフディーはもう忘れていました。