女神イリオネスのバイオリン

 しかし、期待していた劇的な「恋の進展」までは至らず、空の上でアフディーは地団駄を踏んで悔しがります。

「なんでよ! なんでこれで恋に落ちないのよ」

 アフディーは矛先を隣の女神に向け、少し「つんけん」とした態度で詰め寄りました。

「ちょっと、あなたも協力しなさいよ! 女神でしょう? 何か良い案を出しなさいよ!」

 突然の無茶振りに、イリオネスは眼鏡の奥の瞳を泳がせ、ひどく慌てました。

「そ、そんなことを言われましても……私は情景を司どる女神で……」

 イリオネスは必死に思考回路を巡らせました。

 その時、ふと脳裏に浮かんだのは、天界へ上がる直前に目にした、あの農夫の家族の姿でした。

 過酷な労働の中、束の間の日差しに顔をほころばせていた彼らの温もり。

「……ひょっとして。怖がらせて物理的に距離を縮めるのではなく、もっと『のどかな風景』を見せて、心を解きほぐすのはどうでしょ
うか」

 アフディーは、イリオネスの黄金の羽から零れ落ちる、柔らかな光の粉を見つめてポンと手を打ちました。

「なるほどね! 『北風と太陽』作戦ってわけね。いいじゃない、それ!」

 イリオネスは、静かにバイオリンを構えました。

 弓が弦に触れた瞬間、とても優しくゆっくりと、暖かなメロディーが流れます。