元トップアイドル、問題児のイケメン達の雑用係になりました

「いやはや、本当に死ぬかと思った」

社長はハンカチで汗を拭いながら、豪華な椅子に腰を下ろす。

全く、相変わらずふざけたやつね。

私はイライラしてきて、それをそのまま社長にぶつける。

「ちょっと、いい加減にしてください。私、忙しいんですけど?」

「まあまあ、そんなにセカセカしないで」

相変わらず何を考えているのかわからない態度で、社長は軽く手を振った。

……本当に、この人は。

仕方なく私は、来客用のソファにどかっと腰を下ろす。そして机の上に置かれていたお菓子を一つ手に取り、そのまま口に放り込んだ。

あー、イライラする。

「全く、社長は私のことをなんだと思っているのですか?私、次の仕事も迫っているのですが?」

催促するように言うと、社長は書類をぱらぱらとめくりながら、

「あー、それ行かなくていいよ」

と、軽く言った。

「……は?」

思考が止まる。

「なんでですか? 何か私に不手際が──」

次の仕事は、今人気絶頂のバラエティ番組への出演だったはずだ。気難しいプロデューサーで有名な番組。

まさか、私が何かやらかした……?

嫌な予感が胸をよぎる。

だけど。

社長の口から出たのは、そんな想像をも全部吹き飛ばす言葉だった。

「君、今から“活動休止”だから」

「……は?」

一瞬、何を言われたのかわからなかった。頭の中が真っ白になる。

「な、なんで!?」

気づけば立ち上がっていた。声が、少しだけ震えているのが自分でもわかる。

「なんで……だって、いきなりすぎません? 私、今仕事だって――」

「うん、だから言ってるじゃん。行かなくていいって」

軽い。

あまりにも軽すぎる言い方に、胸の奥がざわつく。

「じょ、冗談ですよね?せめて理由を教えてください」

社長がこの手の冗談を言わないことを私はわかっている。だけど冗談でないなんて思えない。いきなり活動休止だなんて…
私は社長の言葉を待つ。けれど、社長は書類から目も上げずに言った。

「もちろん、冗談なんかではないよ。理由は……大人の事情、かな」

「は?」

一拍、遅れて声が出た。

「君が知らない方がいいことも、世の中にはあるってこと」

その言い方は、あまりにも曖昧で。でも――
妙に、引っかかった。

「ふざけないでください」

一歩、社長に詰め寄る。

「私、今までちゃんとやってきましたよね? 仕事だって全部こなしてきたし、問題だって起こしてない」

言葉が止まらない。止められない。

「なのに、理由も説明されずに“休止”って……そんなの、納得できるわけないじゃないですか」

社長は、そこでやっと顔を上げた。その目は、さっきまでのふざけた空気とは違っていた。

「……そうだね」

ぽつりと、静かに言う。

「君は、何も悪くない」

その一言に、胸がぎゅっと締め付けられる。

「だったら――」

「だからこそだよ」

被せるように、社長は言った。空気が、変わる。

「今、君は表に出ない方がいい」

「……どういう意味ですか」

問いかけても、答えは返ってこない。社長は視線を逸らしたまま、淡々と続ける。

「少し休んでなよ。たまには、普通の生活ってやつも悪くない」

「……っ、そんなの――」

そんなの、私が望んでるわけない。そう言おうとしたのに。喉の奥で、言葉が詰まる。

「……決定事項だよ」

静かに言い切られた。それ以上は何も言わせない、そんな声だった。

「……っ」

何も言えない。悔しいのに、怒りたいのに、言葉が出てこない。ただ一つだけ、はっきりしていることがあった。

――この人は、何かを隠している。それも、とびきり面倒で、厄介な何かを。

「……最低」

絞り出すようにそれだけ言って、私は背を向けた。ドアノブに手をかける。でも、一瞬だけ動けなかった。

……本当は。

引き止めてほしいと思ったのかもしれない。理由を、ちゃんと説明してほしかったのかもしれない。

だけど――

「……失礼します」

私はそのまま、ドアを開けた。私が社長に引き止められることはなかった。