嘘つきな患者と、私の先生。

当日。



「ほんとに来ちゃった…」



店の前で立ち止まる。

帰りたい。

でも——



「菜月ー!」



腕を引かれる。



「ほら行くよ!」



「ちょ、待って…」



そのまま中へ。



ガヤガヤした空気と、お酒の匂い。

少しだけ、息が詰まる。



席には男が3人。



「よろしく〜」



「どうも」



軽く頭を下げる。



その中で一人。



静かに座ってる男が目に入る。

黒髪、無表情。

視線だけが一瞬こっちを見る。



(……感じ悪)



すぐに逸らす。



「じゃあ自己紹介しよっか!」



「俺、如月世那。よろしく」



それだけ。

あっさり。



(ほんとにそれだけ?)



他の2人はちゃんと喋ってる。



「何飲む?」



「……ジュース」



「えー!飲みなよ!」



「いいって」



「一杯だけ!」



またこの流れ。



(断れない)



「……じゃあ、ちょっとだけ」



小さく折れる。



「かんぱーい!」



グラスがぶつかる。



一口だけ。

のつもりだったのに。



気づけば2杯目。



「菜月ちゃんいけるじゃん!」



「……そうでもないよ」



少し笑う。

もう頭がふわふわしてる。



みんなが楽しそうに笑ってる。




(やばいかも)



「もう一杯いこ!」



「え、ちょ…」



止める前に、グラスが置かれる。



(ほんとは飲みたくないのに)



って思うのに。

断れず飲んでしまう。



3杯目。

一気に回る。



「……へーき…」



呂律が少し崩れる。

体もふらつく。



向かいの如月世那が、じっと見てる。



「飲みすぎじゃない」



「へーきだし…」



ふにゃっと笑う。



その瞬間。



胸が、ぎゅっと締まる。



「……あれ」



息が、入らない。



(やば)



って思うのに、動けない。





へらっと笑って、バッグを開ける。



いつもなら隠れて飲むのに。



そのまま薬を取り出す。



指も少しおぼつかない。



「なにそれ?」



「んー?くすりぃ…」



みんなの前で、そのまま飲もうとする。



「待って」



低い声。

手首を掴まれる。



「え、なに…」



顔を上げると、すぐ近くに如月世那。



視線がまっすぐ。



「それ、何の薬」



「ただの〜…くすり…」



笑う。

でも呼吸が浅い。



「見せて」



「やだぁ…」



「いいから」



少し強く言われて、びくっとする。

そのまま取られる。



「えー…かえして…」



手を伸ばすけど、届かない。

ふらつく。



世那はラベルを見る。

そして、眉をひそめる。



「…これで抑えてるの?」



「んー…いつも…」



その途中で、息が詰まる。



「っ…」



肩が小さく揺れる。



紗良が少しだけ表情を変え、不安そうに見る。



「発作出てるよね」



「だいじょぶ〜…」



全然大丈夫じゃない声。



「大丈夫じゃないでしょ」



低く、はっきり。



「軽いだけだし…」



「軽くても同じ」



即答。



逃がさない。



「…うるさいなぁ…」



小さく呟く。

見られてるのが嫌で。



「その薬、ちゃんと分かって使ってる?」



「つかってるしぃ…」



「ほんとに?」



被せられる。



「市販のって、楽だからって適当に使う人多いけど」



静かな声。

でも少し強い。



「それで誤魔化してると、悪化するよ」



「……」


言い返せない。



「ちゃんと診てもらってないでしょ」



「びょーいんきらい…」



素直に出る。



「だからって適当に使うのはダメ」



きっぱり。



「今だって、ちゃんと対処できてない」



「できてるし…」



「できてない」



すぐ否定。



「ほら、呼吸浅い」



「ゆっくり吐いて」



背中に手が当てられる。

びくっとする。



「いいから」



低くて落ち着いた声。



「……はぁ…っ」



ゆっくり吐く。

少しずつ戻る呼吸。



「……ほんと、無理しすぎ」




「してないし…」



弱く言い返す。



「その強がり、全部バレてる」
「ってか、喘息持ちがお酒飲んだらダメだろ」



「水、飲んで」



差し出される。



「いらな…」



顔を背ける。



「いらない」



はっきり拒否。



「いる」
世那に即答される。



「いらないってば…」



少しだけイラついた声。



「大丈夫だし」



「大丈夫じゃない」



被せられる。



「さっきからそればっか…」



「それしか言ってないのはそっち」



「……」



言い返せない。



でも、受け取りたくない。



「……飲まない」



小さく言う。



「飲む」



「やだ」



「いいから」



コップが少し近づく。



「……」



距離が近い。



逃げたいのに、逃げきれない。



「……いらないって言ってるじゃん」



「意地張らないで」



少しだけ声が低くなる。



「張ってないし」



「張ってる」



「張ってない」



「張ってる」



「……」



またそれ。



「ほら」



手首を軽く引かれる。



逃げようとしたのに、

うまく力が入らない。



「……っ」



「少しでいいから」



さっきより、少しだけ優しい声。



「……」



迷う。



でも。



そのまま押し切られて、

コップを受け取る。



「……」



少しだけ口をつける。



「……飲んだ」



ぼそっと。



「足りない」



「もういい…」



「もう一口」



「……やだ」



「はい」



軽く差し出される。



「……」



少しだけ睨む。



でも。



結局、もう一口飲む。



「……」



「最初からそうすればいいのに」



「……うるさい」




菜月はまだ知らない。

この人が医者だってことも。

この注意が、本気だってことも。



ただひとつ分かるのは



この人の前では、

もう隠せないってこと。