嘘つきな患者と、私の先生。

菜月はベッドに腰かけて考える。


(……喉乾いたし、売店に行こう。すぐ戻るから、言わなくていいや)

小さく心の中でそう決め、点滴を気にしながら廊下へ足を下ろす。


廊下は静かで、誰もいない。


つい気持ちが浮き立ち、足取りが少し早くなる。



(……ちょっとだけ、急いじゃおう……)



その気持ちのまま、菜月は小走りに。


風を切る感覚が一瞬だけ自由をくれる。

けれど、胸の奥が急に重くなる。


息が浅く、手足が重く感じる。



「……だめ……」



小さく声にならない声を漏らし、体が床に沈むように倒れる。


廊下の冷たい床が肌に触れ、汗がにじむ手のひらが点滴チューブを緩ませそうになる。



視界がぐるぐると回り、世界がぼやける。



胸の圧迫感が強まり、息を吸うのも、吐くのも苦しい。



(……落ち着け……落ち着け……)



必死に手で胸を押さえ、深呼吸を試みるけれど、体の震えは止まらない。



「……やばい……」




「……はぁ……はぁ……」



小さく声にならない声を漏らしながら、膝から崩れ落ちる。


冷たい床に体を預け、手で胸を押さえる。

呼吸はうまく入らず、吸っても吸っても苦しい。



(……やばい……息が……)



視界がぐるぐる回り、光がにじむ。


頭がフラフラして、何をどうすればいいのかわからなくなる。


心臓は早鐘のように打ち、汗が手のひらから滴る。



「……だめ……」



小さな声で繰り返し、体が震える。


その時、遠くから急ぎ足の音が聞こえる。


「成瀬さん!大丈夫ですか!」



世那ではない――見慣れない白衣の医者が駆け寄ってくる。


その声を聞いた瞬間、菜月の胸のざわつきがさらに激しくなる。



「……いや……来ないで……!」



思わず後ずさる。


目の前に迫る白衣の影にパニックが加わり、呼吸がさらに乱れる。


手足が鉛のように重く、床に沈む体を支えることもできない。



「落ち着いて……深呼吸だ……」




医者の声も、助けようという声も、菜月には恐怖の音にしか聞こえない。


(……いや……いや……!)



「……はぁ……はぁ……」



胸の奥が焼けるように痛み、頭がぐるぐる回る。


手で胸を押さえ、床にうずくまりながら、必死に呼吸を整えよう

とするけれど、発作は収まらない。


視界が白く霞み、遠くの廊下が歪んで見える。




菜月は声をあげる力も弱く、ただ震え、はぁはぁと呼吸を繰り返す。


白衣の医者が近づき、手を差し伸べるけれど、触れられるだけでパニックが増幅する。



「……いや……いや……!」


体が硬直し、床に崩れ落ちる。


発作はまだ収まらず、胸の圧迫感と息の苦しさが続く。


完全に制御を失った体が、ただ床に沈んでいく。




床にうずくまったまま、呼吸が乱れ、胸が痛くて体が震える。


白衣の見慣れない医者の声や動きが怖くて、さらにパニックになっている菜月。




はぁ、はぁ、と必死に息を吸おうとするけれど、肺が重くて空気が入ってこない。


手足は鉛のように重く、点滴が体にぶら下がる感触だけが頼りなく伝わる。


その時、廊下の向こうから聞き慣れた声が響く。



「菜月っ!」



世那だ。


低く、でも確かな声。


その声に、菜月の胸の奥が少しだけ落ち着く。



「しっかり……菜月、俺がいる……!」



世那が膝をつき、そっと肩や腕を支える。


手のひらの冷たさ、床の硬さ、全てを抱きしめるように包まれる感覚に、少しずつ呼吸を整えられる気がする。



「大丈夫……落ち着け……深呼吸……」



小さな声で、世那が一歩一歩、菜月のペースに合わせて呼吸を導く。


はぁ、はぁ、と荒かった息が、少しずつリズムを取り戻す。



菜月はまだ震えているけれど、床に沈みきることなく、世那に体を預ける。


目を閉じ、世那の存在を感じながら、少しずつ胸の圧迫感が和らいでいく。

「……もう大丈夫……俺がここにいる……」



世那の低い声が、怖さでいっぱいだった心を少しずつ落ち着ける。


まだ完全には呼吸が整わないけれど、発作の波が少しずつ遠ざかる。

そこで菜月の意識はとだえた。