嘘つきな患者と、私の先生。

ベッドの上。


窓から差し込む昼の光が、白い天井や壁に反射してまぶしい。


(……息が詰まる)



体を起こしても、胸の奥の重さは変わらない。



(やっぱり、ここは無理だ)



小さく息を吐き、布団の中で体を丸める。


でも、ふと天井を見上げると、昼の光が少し柔らかく感じられた。


(……少しだけ、外の空気吸いたい)



慎重に足を下ろす。冷たい床がひんやりして、少し心地いい。


ゆっくり立ち上がり、ベッドサイドの点滴を外さないように注意しながら、廊下へと足を運ぶ。


廊下は静かで、誰もいない。


(大丈夫……今なら、行ける)



ゆっくりと病棟を抜け、階段を使って屋上へ。



扉を開けると、風が吹き抜ける。



空は広く、遠くのビル群が小さく見える。


(少しだけ……気分転換)




屋上のベンチに座り、目を閉じる。


柔らかい日差しが肌を温め、冷たい風が髪を揺らす。



(……少しだけ、ここにいよう)



深呼吸をして、少し目を伏せる。


でも、胸の奥がざわざわして、どうしても落ち着かない。



「……はぁ」



息が浅くなる。肩が小さく震え、手のひらに汗がにじむ。


目の前の景色が、少し揺れるように見える。



(……まずい……)



胸の圧迫感が強くなり、息を吸うのも、吐くのも苦しくなる。


手足が重く、ベンチに沈むように体を預ける。


小さく、声にならない声を漏らす。



「……だめ……」



風が顔をなでても、頭の中がぐるぐるして、現実と遠くなる。


目の前がぼやけて、視界が白くなる。



(……落ち着け……落ち着け……)



手で胸を押さえ、何度も深呼吸を試みる。


しばらくして、ようやく体の震えが少しずつ弱まる。


呼吸も少しだけ規則を取り戻す。



(……大丈夫……もう少し……)



背筋を伸ばし、肩の力を抜く。


ベンチに深く腰かけ、目を閉じて落ち着くのを待つ。


しばらくして、呼吸が安定する。


まだ少しふらつきは残るけれど、体の力は戻ってきた。


(……もう、帰ろう……)



立ち上がり、慎重に階段を下りる。


点滴や医療器具に触れないように、そっと体を動かす。

病室に戻る途中、背中が少し重くなる感覚がある。


でも、もう大丈夫。少しずつ呼吸を整えながら、自分を励ます。

ベッドに腰を下ろす。

屋上の風と日差しの暖かさが、まだ体に残っている。


けれど心臓の奥が、まだ少しずつざわつく。



(……やっぱり、やばかった……)



発作のあと、体が震え、息が上がったことを思い出す。


誰にも見られなかったけど、体は覚えている。



シーツを握り、深呼吸する。

何とか落ち着こうとするけれど、胸の奥はまだ少し重い。

ドアの向こうから足音。

「菜月さん……お昼ご飯の時間だったんですけど、いらっしゃらなかったので下げました」

看護師の声に、心臓がぎゅっとなる。



「時間になったので、下げたって世那先生に伝えました」



視線を伏せ、無言を貫く。


胸の奥で、申し訳なさと罪悪感が混ざる。

その瞬間、白衣の世那が病室に入ってくる。


腕を組み、静かに菜月を見下ろす。


「……お昼、どこにいた?」



低い声。問いただすようで、でも怒ってはいない。


菜月は小さく肩をすくめ、目を逸らす。


「……ちょっと外……」



真実は屋上で発作が出たこと。

でも口に出せない。

だから「外で気分転換してただけ」と思いながら、言葉を濁す。

世那はじっと見つめる。


「ふーん……そう。気分転換ね」



静かな声に、胸が少しだけ緊張する。


「……点滴は外してたのに、無茶したな」



「……大丈夫だったの?」

問いかけられる。


小さく頷きながら、心の中で繰り返す。



世那は肩に手を置くこともなく、ただ静かに見守る。


菜月はシーツを握り、息を整えながら小さく返す。


「……はい」




ベッドに座ったまま、世那が診察用の手袋をつける。


視線を合わせず、シーツを握りしめる。



「……菜月、少し診るね」



静かな声。

でも、その低さに、胸が少し縮む。



「……やだ」



小さく、でもはっきり言う。


さっきの屋上のことを思い出して、思わず反射的に拒否する。


「大丈夫、ちょっとだけだから」



手首を優しく掴まれる。


その感触に、体が緊張する。


「……抜け出したんじゃない……気分転換しただけ」



思わず口に出す。

心臓がドキドキして、少し声が震える。

背中に手が当たり、呼吸を整えられる。



「発作、出てたでしょ」



世那が、落ち着いた声で言う。


診察の過程で、微妙な呼吸の乱れや体の痕跡を見抜いていた。



世那が少し眉を寄せる。

でも強く責めるわけではない。

ただ、静かに、でも確かに菜月の言葉と行動を受け止める。


「……でも、危なかったよ」

手を軽く押さえられ、視線が絡む。


小さくうなずくしかできない自分。



「……もういい、分かった。次は絶対、無理しないで」



「その約束は守れない」

「やだもん病院」


世那はしばらく静かに菜月を見下ろしていた。


手を離すと、呼吸を整える菜月をじっと観察する。


「……菜月、無茶ばっかりするから、入院より俺ん家で見た方が治りが早いんじゃないかと思えてくるよ」


その言葉に、胸の奥が少し緊張する。


家……つまり、世那のところに来ることを意味している。

「……え?」


思わず声が出る。


言葉に詰まる自分を見て、世那は少し微笑むように目を細める。


「もし、うちに来るなら、入院なしでもいい。だけど、条件はある」


菜月は小さく息を呑む。
条件……その言葉に、心臓が少し速くなる。



「……条件?」


目をそらすけれど、逃げるわけにはいかない。


世那の視線がじっと菜月を捉えて離さない。



「うん。無茶をしないこと。それと、ちゃんと報告すること。体調や気分のことも、隠さないこと」



静かな口調だけど、含む重みは十分だった。



(……無理かも……)



でも、家で過ごす方が、病院で押しつぶされるよりずっと楽な気がする。

屋上で感じたあの風や光を思い出し、少しだけ心が揺れる。


「冗談やめてよ」


「本気だよ」

沈黙


「聞いてる?」


「病院いやだけど、、家で監視されるのもいや、、」


「次抜け出そうとしたら覚えててね」


「はい、、」