嘘つきな患者と、私の先生。

ぼんやりと、光が目の奥に差し込む。

まぶたの裏が熱を帯びて、ゆっくり開く。


「、、き、さら、ぎ、せん、せ」


声にならない声が、口をついて出る。

意識はまだふわふわしていて、体は重く、動かせない。

でも、隣にいる、あの低く落ち着いた声——

それだけで、心がぎゅっと安堵する。


「いるよ」


手の感触。温かく、少し強く握られる。

呼吸に合わせて優しく声をかけられ、

胸の奥のぎゅっとした痛みが少しずつほぐれていく。


世那の視線を感じる。

見守られている。守られている。

恐怖と痛みで縮こまった心が、ゆっくりと解けていく。


「呼吸合わせて、吐いて」


その一言に従い、意識はまだ不安定でも、呼吸が少しずつ整う。

力の抜けた体の中で、心だけがしっかりと、世那に触れている。


「もう大丈夫」


短く、でも確かな声。



ベッドから起き上がろうとして、少しだけ手を伸ばす。



「……帰る」



思わず口に出してしまう言葉。病院は嫌だ、何もかも嫌だ。



「今は無理だよ、ちゃんと様子見なきゃ」


世那はそう言うけれど、菜月は耳に入らない。


頭ではわかっていても、心が拒否する。



世那の手がそっと重ねられ、背中を支えてくれる。



「菜月、嫌かもだけど、入院しよ」


「やだ」


「苦しくなるのは菜月だよ」
「また倒れちゃうよ?」


「病院嫌い、頑張れない」


「俺もなるべく顔出すようにするからさ、がんばろ?」



その言葉に、少しだけ呼吸が止まる。


(……なんで)


そこまで、言うの。



「……やだ」



さっきよりも小さい声。

でも、はっきりした拒否。



「やだって言っても、今回はダメ」



低くて、でも強すぎない声。


逃がさないのに、押しつけてこない。



「帰る……」



もう一度言う。

子どもみたいに、意地を張るみたいに。



「歩ける?」


静かに聞かれる。



「……」



答えられない。


さっき起き上がろうとしただけで、息が乱れたのを思い出す。



「今の状態で帰したら、また倒れる」


淡々とした言い方。


でも、その中に少しだけ感情が混ざってる。



「……いいもん」


小さく呟く。

強がり。



「よくない」


すぐ返ってくる。



「菜月が苦しくなるの、見たくない」


その一言で、胸がぎゅっとなる。



「……」



言い返せない。



「さっき、怖いって言ってたよね」


静かに重ねられる言葉。



「……っ」



思い出す。


さっき、自分で言ったこと。



「もう繰り返さないために」

「頑張ろ?」




沈黙。




心の中でぐるぐるする。


嫌だ、帰りたい、ここにいたくない。


でも——


さっきの安心感が、離れない。



「……どのくらい」



ぽつっと出る声。



「ん?」



「……入院」



視線を逸らしたまま。



世那が少しだけ息をつく。



「長くはしない」



「状態落ち着いたら、すぐ帰す」



「……ほんと?」




「ほんと」




「……」



少しだけ迷う。



「……じゃあ」



小さく、ほんとに小さく。



「ちょっとだけ」




その瞬間。


世那の手が、少しだけ強く握られる。




「ありがと、菜月」




(……なんでお礼)


そう思うのに。



少しだけ、安心してる自分がいる。