教室には、いつもの声が広がっていた。
話し声。
笑い声。
えんぴつの音も、混ざっている。
飛羽は、ノートを見ていた。
問題を読む。
少しだけ考える。
手が、止まった。
「……」
分からない。
でも――
飛羽は、顔を上げた。
「先生」
声をかける。
先生が、すぐに振り向く。
「どうしたの?」
「ここ、分かんない」
前より、少しだけ落ち着いた声だった。
先生は、近くに来る。
「どこまで考えた?」
ノートを見せる。
「ここまでは合ってるよ」
その言葉に、少しだけ安心する。
「じゃあ、ここから一緒に考えよっか」
うなずく。
先生の声を聞きながら、もう一度考える。
さっきより、少しだけ分かる気がした。
「……あ」
「いいね、その調子」
小さく、うなずく。
前みたいに、止まったままじゃない。
分からないまま、終わらない。
――だいじょうぶ。
ふと、頭の中に言葉が浮かぶ。
『分からなかったら、言っていいんだよ』
愛華先生の声だった。
あのとき、言われた言葉。
今は――
「……先生」
「ん?」
「もう一回、教えて」
自分から言える。
先生は、やさしくうなずく。
「いいよ」
その声に、安心する。
――うん、だいじょうぶ。
そう思えたとき。
ふと、もうひとつの記憶がよぎる。
やわらかい声。
近くに来てくれる距離。
何も言わなくても、そばにいてくれた人の存在。
胸の奥が、少しだけあたたかくなる。
――だいじょうぶ
少しずつ。
ゆっくり。
前に、進んでいく。
教室の中は、いつも通りの音であふれていた。
でも――
飛羽の中は、少しだけ変わっていた。

