「本音を隠していた子 — だいじょうぶと、言えるように —」

教室には、えんぴつの音が広がっていた。
カリカリ、カリカリ。

みんながノートに向かっている。
飛羽も、同じようにえんぴつを持っていた。
問題を見つめる。

けれど――

どこからどう考えればいいのか、分からなかった。
さっき先生が説明していたはずなのに、
頭の中でうまくつながらない。
周りを見渡すと、

みんな、できている。

胸の奥が、少しだけぎゅっとなる。
えんぴつを持ったまま、手が止まる。

書けない。

でも、言えない。

「わからない」と言うのは、
なんだかいけないことのような気がした。
このままじゃ、ずっと分からないまま。

飛羽は、少しだけ顔を上げた。
先生は教室の中をゆっくり歩いている。
一人ひとりのノートをのぞきながら、
ときどき声をかけていた。

今なら、と思った。

心臓がどくん、と鳴る。
えんぴつを持つ手が、少しだけ震えた。

「……あの……」

小さな声。

先生はすぐに気づいて、
ぱっと顔を向けた。

「ん?どうしたの?」

少し明るい声で、近づいてくる。
飛羽の机のそばに来て、
同じ高さになるようにしゃがんだ。

「ここ、止まっちゃった?」

飛羽は小さくうなずく。

「……わかんない」

言ったあと、少しだけ目を伏せる。
言ってしまった、と思った。

でも先生は、ふわっと笑った。

「そっかそっか。ここ、ちょっとややこしいもんね」

ノートをのぞきこみながら言う。

「先生もね、最初まちがえちゃったんだよ。ちがう問題だけどね」

少しだけ照れたように笑う。
空気が、少しゆるむ。

「どこまでできたか、見てみよっか」

先生は、えんぴつで問題の途中を指した。

「ここまでは合ってるね」

やさしい声。

「この続き、どう考えた?」

飛羽は、少しだけ考える。

「……」

先生は、やわらかく言う。

「じゃあ、ここだけ一回やってみよっか」

ゆっくり、見守る。

急がない。
止まったら、また戻る。

飛羽は、少しずつうなずきながら進めていく。
ばらばらだったものが、
少しずつつながっていく。

えんぴつを持ち直す。

ノートに、小さく書き進める。
さっきより、手が止まらない。

「……できた」

小さくつぶやく。
先生は、少しだけ身を乗り出して見た。

「お、できてる。いいね」

強くほめるわけじゃない。
でも、ちゃんと見てくれている声。

飛羽は、もう一度問題を見た。
さっきより、少しだけ前に進めている。
教室には、えんぴつの音が響いている。

その中で。
飛羽の中に、
小さな変化が残っていた。