わたしは男性が手を伸ばす先に視線を上げた。
そこには、雲一つない夜空に真ん丸い月が浮かんでおり、いつも下を向いて歩いているわたしでは気付けない美しさだった。
「綺麗······」
わたしがそう呟くと、その男性は「綺麗だよね。」と共感し、天に向けて伸ばしていた手を下ろすと、ふっとベンチから身体を起こした。
「こっちおいでよ。」
男性はそう言って、横へズレてベンチに座るスペースを一人分空けてくれる。
わたしは(えっ、)と思ったが、せっかく空けてくれたスペースを無駄にするのも申し訳なく思い、「じゃあ、失礼します···」と、遠慮がちに男性の隣へと腰を下ろした。
こんなに近所にある公園だが、このベンチに座るのは初めてだ。
雪化粧をした公園を囲む木々と、灯りが消えていく住宅街が見渡せ、空を見上げれば月灯りに照らされた夜空が広がっている。
わたしはその景色に自然と感動の溜め息を漏らし、その吐息がゆっくり空へと消えていくのが見えた。
「どう?良い景色でしょ?」
自慢気な口調でそう言う男性に、わたしは「···ここ、よく来るんですか?」と質問返しをする。
男性は「気晴らししたい時、たまにね。」と言うと、スラッとした長い足を組んだ。
「この時間に人が来る事は無いから、俺の特等席だったけど、今日から君にも譲るよ。」
「えっ、わたしは別に······」
「たまにぼんやりしたい時、あるでしょ?」
「まぁ···、そうですね。」
そんな事を話していると、男性がふとこちらに顔を向ける気配を感じた。
わたしは見ないように視線を逃がしていたが、その男性は前屈みになりわたしの顔を覗き込むような姿勢を取った。
「君、煙草吸うの?」
「えっ?」
「いや、煙草の匂いするから。」
「え、本当ですか?」
「吸うように見えないのに、意外だなぁ。」
男性の言葉に、わたしは自分のダウンジャケットやマフラーに顔を寄せ、匂いを確かめる。
しかし、自分ではよく分からず、無表情のまま首を傾げた。
「普段は吸わないですけどね。」
わたしがぽつりとそう言うと、男性は「普段は?」と不思議そうな表情を浮かべた。
「彼が···、もうしばらく帰って来てない彼が、残して行った煙草なんです。」
わたしはそう話しながら、たった今初めて会ったばかりの人に何を話しているのだろうと、恥ずかしくなる。
すると男性は、わたしの恥ずかしさなど吹き飛ばしてくれるかのように「しばらくって?どれくらい?」と話を聞いてくれようとした。



